「佐野史郎」の鬼畜っぷりに鳥肌モノの「サイコホラー」 「限界団地」(TVふうーん録)

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 子供の頃、5階建て・エレベーターなし・全15棟の集合住宅に住んでいた。ま、団地のようなものだ。思えば1970年代の千葉県船橋市は団地だらけだった。行田(ぎょうだ)団地、夏見台団地、金杉台(かなすぎだい)団地、芝山団地。幼稚園や学校、公園の近くに連なるように建つ団地は、私らベビーブーマーを一緒くたに育てるのに好都合だったと思う。ついでに大企業の社宅や公務員住宅も多かった。この手の集合住宅の構造はほぼ同じで、2DK~3LDK。同じ造りなのに部屋の使い方は家庭によって異なる。子供ひとりずつに豪奢な部屋を与える家庭もあれば、親の寝室最優先で、狭い部屋に巨大なベッドを置く家もあった(子供心に淫靡と思ったよ)。

 ドラマではタワマンや豪邸などオサレな家ばかりだけれど、私の原点は団地だ。団地ノスタルジーを刺激したのが「限界団地」である。

 残念ながら、ノスタルジーに耽(ふけ)るほんわかドラマではない。佐野史郎主演のサイコホラーである。佐野は可愛い孫娘と介護が必要な父親(山谷初男)とともに、引っ越してくる。佐野が少年期を過ごした団地なのだが、住民のマナーの悪さや倫理観のなさ、怠惰な自治会の現状を知り、愕然とする。相互扶助の必要性を訴え、積極的に動いて、次第に住民の心を掴んでいく。

 なんて書くと、佐野が善人のようだが、逆だ。規律を守らない老人やいじめ主犯の主婦を排除し、自分の正義を秘密裏に通す。嘆くだけの老人には自殺幇助(ほうじょ)、団地を馬鹿にした家には放火。必殺仕事人ばりに闇夜に出かけて犯罪を繰り返す。

 佐野の鬼畜っぷりには慣れている。慣れているはずなのに今回も鳥肌モノ。ファンシーで超絶ダサいドアノブカバーを各戸に配ったり、歌いながら苺入りアップルパイを焼いたり、一心不乱にミシンを踏む姿が怖い。突然背後に立つ、定番のホラーだけじゃない。孫愛に満ちたおじいちゃんという役自体が不気味なのだ。

 さらに際立ったのが朝加真由美。朝加の息子は佐野の娘と結婚したが、火事で亡くなる。火事を仕組んだ佐野に復讐しようと、あの手この手で住民に近づく。輪ゴムで巻いた札束をもってにじり寄り、吐血しながら訴える。時には覚醒剤まで準備して、佐野を陥れようと画策。ところが佐野は朝加を狂人扱い。結局、朝加も殺されてしまうのだ。

 古株住民の江波杏子も強烈に怖い。見た目が。暴力&浮気夫を佐野が殺してくれた恩義もあるが、心ここにあらず。人生を団地に捨ててしまった哀しき老婆だ。

 団地の自治会長で、無職&盗聴が趣味の山崎樹範も翻弄される。佐野の隣宅の足立梨花は逆に気に入られ、夫の迫田孝也は排除された。

 同情と信用を得るためなら、自ら毒も飲み、川にも飛び込んで溺れる佐野。佐野の悪行を知る父・山谷は、ボケたフリをしつつも告発の機会を窺っていたが、バレて奴隷と化してしまった。

 天下無双の悪行三昧(ざんまい)。歪んだ正義を振りかざし暴走するサイコパス・佐野。逃げられない距離感を表すのに、団地という舞台が実にうまく機能したドラマだ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2018年7月19日号掲載

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