「犯罪被害者」たちは何と戦ってきたのか――活動が届けた“最低でも死刑を”の声

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「犯罪被害者」たちは何と戦ってきたのか――福田ますみ(上)

 まさか明日、自分が犯罪に遭うとは思わない。人間とは身勝手なもので、その境遇になって初めて気づかされることがあるという。ほんの少し前まで、ニッポンは過剰な加害者天国だった。孤立無援を強いられた「犯罪被害者」たち。その戦いの日々を振り返る。

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「解散式」を兼ねた最終大会に集ったのは数百人。白髪混じりの方も多く、体力的に中座を余儀なくされる人もいた。それは短くも長い、彼らの戦った歳月を象徴する光景だった。

 さる6月3日、「全国犯罪被害者の会」(あすの会)が、結成から19年目で幕を下ろした。この会は、犯罪被害者や遺族ら約350人で組織する民間団体である。

 発足は2000年で、中心となったのは元日本弁護士連合会副会長を務めた岡村勲弁護士。彼自身、1997年に妻を殺されている。代理人を務めていた山一證券に恨みを抱く男の犯行だった。ある日突然、自分が遺族となって初めて、犯罪被害者には何の権利もなく、法廷の柵外に置かれている現実に愕然とした。そして同じ思いを抱く被害者らと会を立ち上げたのだ。

 以来、会のメンバーは18年にわたって政府への陳情や署名活動を続けてきたが、

「会が設立される以前、被害者は、単なる“証拠品”でしかなかったんですよ」

 と言うのは、あすの会副代表の高橋正人弁護士だ。

「そもそも被害者は取り調べの対象でしかなく、被害者の権利が何ひとつない。このことは、法律家ですら理解していなかったのです」

 その不条理を世間に訴える活動を続けてきた結果、

「被害者の権利を定めた法律が幾つも成立するなど、一定の成果を収めた」(同)

 として、この度の解散を決めた。そんな会の活動は、犯罪被害者の苦難の歩みと重なる。彼らはいったい何と戦ってきたのだろう。

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