女性につけ込む社会の傲慢さ 相次ぐ集団強姦事件について考える

社会2017年8月22日掲載

 2016年9月に起こった慶應大学の学生による集団強姦事件が、新たな展開を迎えた。神奈川県警は8月8日、慶應大学の男子学生6人を、酒に酔った女子学生に集団で性的暴行を加えたとして、集団準強姦の疑いで横浜地検に書類送検した。

 この事件以外にも大学生による集団強姦事件は後を絶たない。例えば、2016年5月に東京大学の「誕生日研究会」というサークルに所属していた東大の学生らが、女子大生に酒を飲ませ暴行した事件。主犯格の東大生は懲役1年10月、執行猶予3年の有罪判決が、共犯の東大生2人にも執行猶予付きの有罪判決が下されている。また、同じく2016年11月には、千葉大学医学部(6年制)の5年生3名が、酒に酔った女性に性的な暴行を加えたとして逮捕された事件も記憶に新しい。

 今回送検された6人の学生は、事件当時、ミス慶應コンテストを主催していたサークル「広告学研究会」に所属しており、2016年9月に神奈川県葉山町の合宿所で、当時18歳だった女子学生を「海の家の片付けを手伝え」との名目で呼び出し、大量の酒を飲ませ、集団で暴行した疑いがもたれている。

 これらの事件を起こした大学生たちはいずれも高学歴と呼んでも差し支えない有名大学に通っている。彼らのような準エリートたちによる集団強姦事件が頻発する背景には、声を上げづらい弱い立場の女性たちには、容赦なく付け込んでも構わない、という傲慢な意識が見え隠れする。しかしそれは問題を起こした学生たちだけにあてはまる特殊なケースであるといえるのだろうか?

1人になった隙を狙っての犯行

《「やめてください! 何するん……」

 叫び声が聞こえてきた。遠乃が車に押し込まれそうになっていた。》

 これは東日本大震災後の避難所で、女性たちが虐げられながらも逞しく生き抜く姿を描いた小説『女たちの避難所』(垣谷美雨・著)で、漆山遠乃という女性が避難所のトイレ付近の死角で男性2人に襲われそうになる場面である。

 漆山遠乃は、夫を震災で亡くし、乳飲み子と舅、義理の兄とともに避難所生活をしている。28歳と若く、しかも美人の遠乃は、避難所生活で男性たちの好奇の目に否応なしにさらされることとなる。先の事件は、そんな遠乃が1人になった隙を狙って起こった出来事だった。

 どうせ小説の中の出来事だろう、と思うかもしれないが、東日本大震災直後から被災地で緊急支援活動に当たってきたNGOジョイセフは、望まない妊娠による被災者の負担を回避するために、日本家族計画協会との連携・協力のもと、「女性のための安心ホットライン」を開設し、情報カード、必要に応じ緊急避妊ピル、さらに経口避妊薬とコンドームも広く配布したという。

 また、同じく東日本大震災後、被災地で支援を行ったあおもり女性ヘルスケア研究所所長の蓮尾豊先生は、被災地に緊急避妊ピルとその使用方法などを記載した文書を配り、「このような災害時の混乱のなかで女性が受ける可能性のある性被害などの防止と、万が一性被害を受けた場合、さらに深い悲しみとなる希望しない妊娠の防止などに関する働きかけを行うことが、今自分にできることではないかという結論に達しました」と述べている。

 有事の最中でも、性被害の犠牲になる女性たち。ジャーナリストの竹信三恵子さんは、「女性たちの息苦しい現状を顕著にあぶり出したのが、東日本大震災だった」と指摘する。

依存してくる「夫」「舅」

 同小説には、遠乃が避難所を出て暮らし始めた仮設住宅に、隣に住む義兄が深夜に忍び込んで来るというシーンも描かれている。舅は震災直後から、旦那を亡くした遠乃と義兄を結婚させようと画策しており、既成事実を作ってしまおうという魂胆なのだ。

 突然の義兄の来襲に恐ろしくて脚が震えながらも、気丈に追い払う遠乃だったが、その直後に隣の家から聞こえてきたのは、舅の「何やっでんだ、この間抜けが。男らしくやるときゃやらねばダメだべさ。弟の嫁ごなんがに怯(ひる)んでどうすんだ」「大の男がだらしねえごど。男らしいどご見せてやらねばだめだべ。まあ今夜は仕方ねえとすっか。だげんど、まだまだチャンスはあっから気落ちすんでねえぞ」という言葉だった。

 竹信さんはこうした描写を踏まえ、以下のように指摘する。(以下「 」内、「女たちの避難所」解説より抜粋、引用)。

「この小説は、そうした被災女性たちの姿を、年代の異なる3人(28歳、40歳、55歳)の女性の被災体験を通じて照らし出す。被災当日、避難所暮らし、そして仮設住宅へと移っていく彼女たちの体験のひとつひとつは、私たちがあの日以降、現場で見てきたものそのままだ。

 そんな3人の被災体験が浮き彫りにするのは、日本という社会での『女性の居場所のなさ』だ。女性の踏ん張りに、のしかかるように依存してくる『夫』『舅(しゅうと)』という名の男性たち。これにやりきれなさを抱きながら、正攻法に拒否すれば、女性たちは、共同体の中での住むべき位置を失う。にもかかわらず『みんな大変なんだから』と、女性同士が牽制(けんせい)し合って不満を抱え込み、『我慢』することでかろうじてなりたっていく共同体の息苦しさが、そこにある」

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 耳目を集めやすい集団強姦事件や性犯罪だけが注目を集めるが、この国の女性たちには明に暗に社会からの抑圧が重くのしかかっている。苦しくても苦しいと声を上げられない女性たちが大勢いることを、震災は浮き彫りにした。

デイリー新潮編集部