2番目の妻に未練タラタラだった「紀州のドン・ファン」 幼妻に告げていた“離婚する”

社会 週刊新潮 2018年6月21日号掲載

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22歳「幼妻」は「ドン・ファン」から離婚を切り出されていた(上)

「紀州のドン・ファン」は、幼妻とラブラブの生活を送っていたのではなかったのか。結婚早々から不満を募らせ、急死する1週間ほど前には、ついに離婚の二文字を突き付けていたという。果たして、夫婦関係の破綻は怪死事件のミステリーを解くカギになるのか。

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 メディアをヒートアップさせ、世間を騒然とさせている事件の当事者。にもかかわらず、和歌山県田辺市にある自宅のリビングの祭壇に置かれた野崎幸助氏(享年77)の遺骨は寂々(じゃくじゃく)たる有り様である。

「6月7日、和歌山県警が、社長が急死する18日前に息を引き取った愛犬イブの死因を調べるため、自宅の庭を掘り起しました」

 とは、野崎氏の会社関係者。

「未亡人となったSさんは初七日に当たるその前日、飛行機で東京から戻ってきた。掘り起しに立ち会うと、再び、翌8日の早朝4時に免許取り立てのペーパードライバーながら、今度は車で600キロ以上離れた東京に向けて自宅を出発。途中、従業員とケータイで“いま、名古屋”などとやり取りしていた。東京に着くと、家宅捜索された新宿のマンションではなく、品川のホテルに宿泊した」

 もしや、逃避行? 一体、何のための大移動かと怪訝に思っていたら、

「再び、11日に車を10時間近く運転し、マスコミ対策を依頼した弁護士と一緒に戻ってきました」

 悲劇の幼妻、Sさんは四十九日までの間、マスコミ包囲網を逃れるため和歌山を離れ、7日ごとの追善供養のたびに、自宅に帰ってくることにしたという。

 野崎氏には子どもがいないうえに、きょうだいらと不仲だったため、「夫の墓なんて守らないもん」と、あっけらかんと言い放つ幼妻しか、遺骨の面倒を見る人がいないのである。

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