新潟小2殺害事件 大桃珠生ちゃんの夢を奪った“街の死角”

社会週刊新潮 2018年5月24日号掲載

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 小林遼(はるか)容疑者(23)のあまりに身勝手な欲望の犠牲になり、未来のすべてを奪われてしまった大桃珠生ちゃん(7)。むろんすべての非は犯人にあるが、この街ならではの「死角」も、不幸の呼び水になっていた。

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 珠生ちゃんが「おにいちゃん、待って!」と、自転車に乗る兄を笑顔で追いかける姿を、住人はよく覚えているという。いまから3年くらい前、自宅のアパートの前でのことで、間もなく一家は数キロ離れた、事件の現場近くの一戸建てに引っ越している。

「ご両親は折り目正しい方で、子どもたちの人前での行儀を気にしてのことでしょう、おかあさんは珠生ちゃんの手をきちんと握って、よく躾けている印象を受けました。珠生ちゃんは“デザイナーになる”と、将来の夢を語っていると聞いていました」

 いまの住まいの近隣住人はそう回想するが、残念ながらその周囲は、必ずしも子どもにとって安全な環境とはいえなかった。古くから小針と呼ばれるこの地域に住む老人が語る。

「この辺りは昔はスイカ畑か砂地で、1962年ごろに家が建ちはじめ、その2年後の新潟地震で液状化を免れたから、家を失った人がどんどん越してきて、一気に住宅街になったんです。30年くらい前は“小針銀座”と呼ばれて、大型スーパーも3、4軒あって、ほかの地域から遊びに来る人も多かったのに、いまでは住民の多くが高齢者で、別名は“年金通り”。空き家も多く、人通りが少ないひっそりとした場所になってしまいました。しかも、無計画に宅地造成されたので、入り組んだ道路や袋小路が多いんです」

 事件当日、珠生ちゃんは小学校を出て数分の踏切を渡ったのを最後に、行方がわからなくなったが、ほかの住人によると、

「踏切を渡って線路沿いの細い道を右に曲がると、一見、視界が開けて明るい印象を受けるけど、道沿いに商店がなにもなく、人通りが少ない。しかも、道の先がドンツキになっているので、 クルマの通りも少ない。電車が通るとき以外は静まり返って、一方、電車が通るとほかの音がなにも聞こえなくなります。さらに2、3分歩くと、線路を挟んで松の木が鬱蒼と生い茂った浄水場で、いっそう静まり返った雰囲気です」

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