テレビ業界に転職した28歳女性が受けた、前任者からの「露骨な嫌がらせ」

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 厳しい就活戦線をくぐり抜け、憧れの会社に内定。希望に胸を膨らませて入社したが、そこには地獄が待っていた――。

 2013年には流行語大賞のトップテンに入った「ブラック企業」という言葉。過重労働やパワハラなど劣悪な労働環境のことを指す。

 自身も、作家になる以前は、会社員として残業に明け暮れていた時期もあるという朱野帰子さん。その頃の経験を活かし、新刊『わたし、定時で帰ります。』では、絶対に残業しない会社員という新鮮な主人公を描き、注目を集めている。現代日本に蔓延る残業信仰や、現場の人間の心を置き去りにした制度だけの“働き方改革”への疑問が、作品の根底にあるという朱野さんが、実際にブラックな職場で働く方に取材を行った。世の社会人たちはどんな問題を抱えながら働いているのか、朱野帰子さんのレポートをお届けする。

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「転職した直後は、理解ある上司に恵まれて楽しく働いていたんです……」
 俯いて話すのは、テレビ業界で映像コンテンツの販売促進を担当している井上美香さん(仮名・28歳)。

 数年前に転職した井上さんは、映像作品のプロモーションの仕事を任され、日々勉強しながら経験を積んでいた。

 そんなある日、彼女を衝撃が襲う。

 会社の目玉でもある大人気シリーズの第2シーズンが放映決定。第1シーズンを大成功に導いた40代前半の男性・A氏がそのまま担当することになり、準備を進めていたが、放映直前に彼が異動を命じられてしまったのだ。

「誰が見てもあり得ないタイミングで驚きました。普通は放送の始まる半年前には担当がついて放送終了まで継続して見て行きます。どうやらAさんは、数カ月前に異動してきた新しい上司とあまり相性が良くなかったらしいのですが、第1シーズンを成功させた功労者でしたし、本人も突然の異動を理不尽だと感じていたようです」

 上司からその後任に指名されたのが彼女だった。これはかなり異例のことだと言う。

「きちんとした引き継ぎもないまま放映直前の大型作品を担当することになり、目まぐるしい日々が始まりました。Aさんは他部署からの信頼も厚く、経験の浅い私が後任として担当すること自体に戸惑いも大きかったです」

 第1シーズンを担当した際にA氏は熱心に仕事し、他部署からは絶大な信頼を得ていた。それを盾にした彼は、異動後も何かを進める際には全て自分に確認をするように求めて来た。新しい職場での経験の少なさを引け目に感じていた井上さんは、それを承諾するしかなかった。

「Aさんにメールの返信のしかたに難癖をつけられたり、分かりやすく無視されたりしているうちはまだ良かったのですが……」

 A氏の態度に困惑しつつも、自分にも悪い点があるのかもしれないと反省していたという井上さん。

「ある時、新シーズンを盛り上げようとファンを集めたイベントを企画したんです。関連部署に全てOKをとって準備万端のはずが、2日前になってAさんからイベントの内容そのものにダメ出しされました。そんなこと、もっと前に気づいていたはずなのに。とはいえ、本当に企画に問題があるわけではなく、第1シーズン時にAさんが自分で設けたルールにそぐわないだけ。そんなルールがあることを教えてもらっていなかったし、私には気づきようもありませんでした。関連部署にもAさんがダメと言うなら仕方ないね、と言われてしまって」

 井上さんは企画を一から練り直し、必死でイベントに間に合わせた。

「そんなことがしょっちゅうありました。本当は異動したAさんの承認を得る必要はないのですが、関連部署が必ず『Aさんにちゃんと聞いたの?』と言って来るんです。だから、確認しようとするのですが、適切なタイミングでは絶対に修正するべき点を教えてもらえません。関連部署に確認して進めた後にAさんに問題を指摘され、みんなに謝って撤回することが重なって……。他の部署からすると、Aさんは熱意があって優秀な人という評価。それに比べて私は、『この子大丈夫?』と思われているのが分かりました。何を進めようとしても全部Aさんに邪魔されて、だんだんと出社するのが怖くなっていきました」

 残業時間もどんどん増え、出社しようとすると吐き気を覚えることが続き、井上さんはメンタルクリニックに通うほど追い詰められてしまった。本来であれば、真っ先に相談すべきは上司だが……。

「上司は放任主義で、所属長としての役割を放棄しているような人。何か相談しても、なんでも『気のせいだよ、大丈夫』と言ってまともに取り合ってくれないんです。具体的な解決法を提案してくれることは一切ありません。全く頼りにならないので相談する気すら起きませんでした」

 結局、井上さんは薬を飲みながら、だましだまし仕事を続けた。

「今は第2シーズンの放送が終わり、やっと仕事も減ってホッとしているところです。憶測にはなってしまいますが、Aさんは恐らく自分の方がその作品の担当として相応しいと思っていたのでしょうね。自分がいないと企画が成功しないと示すために、わざと私が失敗するように仕向けていた気がします。でも、文句があるのなら、私ではなく会社の上層部に抗議をしてほしかったです」

 井上さんは来季に別の部署に異動できる可能性があり、それを心待ちにしているという。
 
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 朱野さんは、「イベント直前にダメ出しされても当日までに間に合わせられるなんて、井上さんは能力が高い方なのでしょうね。Aさんは脅威を感じたのかもしれません。これからという時に理不尽な異動をさせられたことも苦しかったでしょうね。でも、本当に担当作を愛しているなら、自分の心とむきあって、上司とこそ戦ってほしかったですね。『わたし、定時で帰ります。』にも、後輩の自信を削って意味のない長時間労働に追いこんでいく登場人物が出てきますが、自分の優秀性を示すことが第一になってしまうと、仕事の目的を見失ってしまうんですよね。私もそうですが、仕事を生き甲斐にしている人は誰でも落ちる可能性のある闇だと思いました」と語る。

 そして、「真面目な人は理不尽な目に遭っても、自分が悪いと思いがちですが、相手の問題である場合もあります。おかしいと思うことが続いたら、私は充分やった、というモードに切り替えて、上司がダメなら、他部署の人、社外の人という風に、世界を広げて、それは会社がおかしいよ、と言ってくれる相談相手を探すことも大事だと思います」と、ブラック企業で働く人にエールを送る。

デイリー新潮編集部

2018年5月14日掲載

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