官僚“癒着”の象徴 「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」とは何だったのか

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“接待の海”

 実際にノーパンしゃぶしゃぶで接待を受けた、元大蔵キャリアが振り返る。

「何度か僕も課長のお供で同行しました。個人的には、ずっとつまらないと思ってました。いい年をしたオッサンが、必死に若い子のお尻を覗いているんですから」

 一方で、MOF担の意図はミエミエだったという。

「彼らは人には言えないような行儀の悪い遊びを、籠絡対象の僕らと共有するのが狙いだった。一度でもあれを経験すると、共犯関係というか、一種の仲間意識が生まれてくる。そこにつけこんで情報を引き出そうと考えたのでしょう」

 では、MOF担はどんな情報を欲していたのか。経済ジャーナリストの須田慎一郎氏が解説する。

「最たるものは約2年に1度、抜き打ちで行われる金融検査の日程と支店の特定です。とくに数十兆円もの不良債権を抱えた大手金融機関は、多くの違法スレスレな案件を抱えていました。それが発覚すれば営業停止など、経営を直撃する厳しい処分が待っていました」

 酒色に溺れる官僚と手段を選ばず情報入手に奔走する金融マン。ズブズブの関係の両者に、司直のメスが入るのは時間の問題だった。

 10年1月、東京地検特捜部は大手金融機関による大蔵官僚への接待を贈収賄事件として摘発した。特捜部長として捜査の指揮を執った熊崎勝彦氏が言う。

「事件の端緒は、前年の第一勧業銀行の利益供与事件でした。一勧が総会屋に巨額の資金を融資していた事実が発覚し、裏付け捜査の過程で大手銀行や4大証券と、大蔵官僚の癒着の実態が明らかになった。大蔵官僚たちが受けた過剰な接待の中には、金融検査の日程漏洩など様々な利益供与が見返りとしてあった。まさに“接待の海”だったのです」

 最終的に特捜部は4人の現役官僚を逮捕した。当時の社会部記者によれば、

「ところがそこには証券取引等監視委員会に所属し、特捜部と共に捜査を担う検査官も含まれていた。とある証券会社の案件で裏付け捜査を担当していたのですが、よりによって特捜部はその人物を勤務先で逮捕した。余りに容赦のないやり方に、官邸からも“やり過ぎじゃないか”と批判の声が上がったほどです」

 が、何度も逮捕情報が取り沙汰された複数の大物幹部は逮捕を免れた。理由は諸説あるが、特捜部が様々な圧力に屈したとする見方は今も根強く残っている。

「誰からプレッシャーを受けたかは言えませんが、何回かそう感じることがあったのは事実です。まさに“進むも地獄、退くも地獄”でした」

 先の熊崎氏は圧力の存在は認めたものの、“政治決着で捜査を終えたのではないか”との指摘については、

「そんなことは絶対にありません」

 と、捜査への影響をきっぱり否定した。その真偽はさておき、最終的に処分を受けた大蔵官僚は112人に上った。さらにこの年の暮れには、大蔵省から金融機関への検査と監督の権限が切り離され、金融監督庁が誕生。その間、大蔵省からは将来を嘱望された人材が次々と姿を消していった。

 事件は金融行政に大きな爪痕を残したが、腐臭に満ちた金融界の健全化のためには、避けては通れぬ“茨の道”だったとも言える。

 欲望に任せて「ノーパンしゃぶしゃぶ」に群がった金融エリートたち。彼らこそ、バブル経済に踊った日本人の残滓だったのである。

週刊新潮 2016年8月23日号別冊「輝ける20世紀」探訪掲載

ワイド特集「『世紀の事件』の活断層」より

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