600件の連絡先を失って3カ月 ときどき来る“恐怖の電話” (中川淳一郎)

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 携帯電話(ガラケー)を昨年12月29日にカンボジアで失くして帰国後の1月6日に新しいガラケーを買いました。端末の調子が悪くなって買い替える場合はデータを全部移行してもらえるのですが、私の場合、物理的に失くしてしまった&「クラウド」とやらでデータがネットに保管されているわけではないので、すべてのデータを失ってしまいました。

 前の電話には約600件の電話番号が入っていましたが、「正直もう15年ぐらい連絡していない人も多いな……。もうこの人消してもいいよね」という気持ちはありました。

 そんな状況で電話を失くした場合、どれだけ生活上困るかについて、3カ月で感じたことを記します。

 失くした電話番号を再び入手するには「相手から電話がかかるのを待つ」「パソコンのメールに記されているシグネチャーから電話番号を登録する」「会った時にワン切りをしてもらい、それを登録する」「その人の番号を知っている人に連絡して教えてもらう」の4つの方法があります。

 こうした活動を1月初旬から4月初旬にかけてやったのですが、さて、電話番号はどれだけ登録できたか。

 その総数、59件でした。全盛期の10%ですよ……。日常的に連絡をする仕事相手と家族の番号は入れなくてはマズい。しかしここでゴッソリと抜けてしまったのが、過去に飲み会で会った人々や学生時代の友人です。

「オレの人生44年半で培った人間関係はコレだけだったのか……」と愕然としたものの、当面必要な人間関係が59人だけ、ということも同時に意味します。

 しかしながら困るのが、携帯電話の場合、互いに登録し合っていることが前提のため、「オレが誰だか分かってるよね」という姿勢で電話をかけられる点です。

「中川さんさぁ、頭のおかしい人から私に関する誹謗中傷をメールでばらまかれたけどどう対処すればいい?」とか「今晩渋谷の××(飲み屋)に行ったりします?」「○○が亡くなったけど知ってるよね? あぁ、知ってた。それは良かった。お互い体を大切にしような。通夜と告別式、どっちに行く? 通夜? じゃあ、会場で会おう」「今度さぁ、勉強会の講師やってくれない?」みたいな電話が次々とかかってくるのですよ。

 この喋っている間、相手は一気に用件をまくしたてるので、「そうだよね!」「なるほど!」などと言うものの、実際一番気になるのは、「コイツ誰だ?」なんですよ……。しかも、こちらが敬語でないと失礼な相手である可能性がある。

 相手には、伝えたいこと、私から引き出したい答えが明確にあるものの、私は相手が分からないので判断がし辛い。「コレ、あの、いつもカネを払わないクソオヤジの話だったら受けたくねぇ……」と思いながらテキトーに相槌を打ちます。かといって「失礼ですが、どなたですか?」と聞くのも憚られます。1月にコレを言ったらムッとされ「田中(仮名)だよ! なんだよ! オレだと分からずに話していたのか!」と怒られたんです。以後、名前を聞くことはやめるようにしましたが、数日に1回、「誰だか分からないけど相手はこっちが誰だか分かっている人との数分にわたる恐怖の会話」が展開され困っています。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんしゅうきつこ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2018年4月19日号掲載

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