新たな“法医学者”女優に名乗りをあげた石原さとみ「アンナチュラル」(TVふうーん録)

  • ブックマーク

Advertisement

 法医学者と言えば、名取裕子か沢口靖子。他にも女主人公の法医学ドラマはいくつかあるが、名取と沢口はあまりに長期間演じているので、強烈に一体化。ふたりとも事件に首を突っ込み、女ならではの強引な突破力で周囲を巻き込みながら解決していく。そうそう、監察医で言えば浜木綿子もいたわ。「監察医・室生亜季子」では刑事役・左とん平との名コンビが脳裏に焼き付いている。グッジョブ、とん平。ご冥福を祈ります。

 さて、平成の女法医学者としてもうひとり加えよう。多弁な多肉植物的唇に、等身大を具現化する外見で、女子人気も高い石原さとみである。可愛さも憎たらしさも小賢しさも兼備。今期の「アンナチュラル」では、彼女の抑えた女子力と芯の強さにかなり好感が持てる。

 なんていうのかな。「ポリティカル・コレクトネス」ってヤツかな。性別や年齢、職業などで差別しない、偏見をもたない人物像を、気が強そうな石原にしっかり託している。自己主張はそれなりに強いが、柔軟に発想の転換ができる。やみくもに権力に抗(あらが)うでもなく、かといって、不遇に腐るでもなく。適役だなと唸った。

 舞台は「不自然死究明研究所」。通称UDIラボという公益財団法人で、死因究明の専門機関だ。石原は法医学者で解剖医、同僚でよき相棒の市川実日子は臨床検査技師。特殊な職務ではあるが、このふたりの会話が勤め人と何ら変わりのない日常を醸し出す。石原と同じ解剖医で、暴言癖がある井浦新。その横暴な言動に、コンビを組む臨床検査技師は次々辞めてしまう。

 UDIラボ所長は銀髪の松重豊。元厚労省職員で事なかれ主義の器の小ささを見せるが、基本的には部下の信条に理解と配慮がある。医大生の窪田正孝は、週刊誌編集部から潜入命令を受け、UDIラボにバイトとして入る。一家心中の生き残りという石原の壮絶な過去、恋人を殺された復讐を誓う井浦の執念を知って、良心の呵責(かしゃく)を覚え始める。

 もうひとり。井浦の暴言でUDIラボを辞めた飯尾和樹は重要な役だ。パワハラ被害者だが、暴君井浦の反省を促す役割をコミカルに担う。芸人・ずんの飯尾らしさを活かしつつ、ドラマ全体の中で薬味としての存在感を発揮しているのよ。

 伏線が複数仕掛けてあるが、一話完結の法医学事件簿だ。社会問題を投入しつつも、余計な解説や涙と反省の押し売りは一切割愛。時折、荒唐無稽なご都合主義も垣間見えるが、それを凌駕する人間ドラマがある。

 第3話は未だに男尊女卑が蔓延(はびこ)る法廷が舞台で、けなされた石原が、しれっと冷静に躱(かわ)す奇策に痺れた。第4話はブラック企業の過労死問題を主軸にしつつ、女も持つべきセクハラの自覚を石原に語らせた。第6話では強姦被害との闘い方と基礎知識(元記者の卑劣な行為に対するTBSの反省の意と受け止めておる)、第7話ではいじめ被害者の復讐心を正しい方向へ誘導するなどなど。救いのないこの社会を生き抜くために、有益な言霊(ことだま)が各話に満載なのだ。観終わるとホエーッとつい感嘆しちゃうんだよ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2018年3月15日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。