死の影を隠した有賀さつき… 元祖バブルアナの最期

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 享年52。その早すぎる訃報に、衝撃が走った。

 2月5日、元フジテレビアナウンサーの有賀さつきさんが亡くなっていたことが発覚したのだ。

 スポーツ紙芸能デスクも驚きを隠せない。

「仕事を休みがちになっているとは聞いていましたが、まさかそんなに悪いとは思っていませんでした」

 実は昨年から闘病生活に入っていたが、そのことをごく近しい人も含め、これまで周りに一切明かしてこなかったという。

 病状が急変したのは1月半ば。東京・港区の山王病院に入院し治療をつづけたものの、30日、帰らぬ人となった。

 死因は明らかにされていないが、乳がんを患っていたとも言われている。

「ただ、有賀さんは事務所に所属しておらず、個人で仕事をしていたため、関係各所への連絡が遅くなってしまったようです」(同)

 バブル真っただ中の1988年、フジテレビに入社。同期の花田(旧姓河野)景子、八木亜希子とともに、「花の3人娘」として持て囃され、女子アナブームを巻き起こした。バラエティをメインに活躍したものの、92年に退社し、フリーランスに転じる。

「愛らしいルックスと時折見せる天然ボケで、共演者にも可愛がられ、お茶の間の人気を博しましたが、番組の司会進行には定評がありましたね」(制作会社スタッフ)

 2002年には、フジテレビ解説委員(当時)の和田圭氏と結婚。同年長女を出産し、家庭に入った。

「06年に和田さんと離婚した後、タレント活動を再開しましたが、シングルマザーとなった彼女は、昔のようなおちゃらけた雰囲気が薄まり、仕事に対しての覚悟が、より強まっている印象でした」(同)

 死の影を隠しながら、ぎりぎりまで仕事をきちんとこなし、旅立った――。

週刊新潮 2018年2月15日号掲載

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