発掘“大正2年”ホームムービーが撮っていたもの

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 1913年というから大正2年、漱石が『行人』を書いていた年、この人、阿部正直(まさなお)は手ずからホームムービーに富士山を収めていた。

 1月30日から3月4日まで、東京国立近代美術館フィルムセンターで「発掘された映画たち2018」と題した企画上映が行われる。

「企業はともかく、この時代、最新技術であった映像機器を個人で持てたのは、そうとうの資産家です。彼らが何に興味を持ち、どんな映像を残していたのかは興味深いですよ。たとえば“雲の伯爵”こと、阿部正直さん。彼は富士山にかかる雲形と気流に興味があり、その研究のために高価な記録を残していました」(同センター主任研究員・冨田美香氏)

 件の阿部正直氏とは、備後福山の藩主家15代目。明治24年、東京本郷に生れ、生涯を気象の研究と映画撮影に費やした人物である。富士登山をしながら雲を撮影した「北口 富士登山 大正二年八月」(2分、1913年)、「富士登山 昭和十年八月十五日」(11分、35年)、「吊し雲の雲機巧に関する氣流實驗」(7分、27年頃)、あるいは家族の日常を撮った「本郷區西片町阿部伯爵邸の庭園にて」(4分、32年)、銀座の風景を映した「銀座通り 服部時計店前」(2分、37年)など、昭和初期の“東京”を見ることができる。

「観ていて不思議に飽きないんです。何より貴重な記録でもあります」(同)

 阿部正直コレクションの上映は、2月9日と25日の2回。

 それ以外にも、「裕仁皇太子の渡欧映画」(21年)、日本映画の父・牧野省三による「忠臣蔵」(10―12年)、発色式アグファカラーの歴史的再現を目指した小津安二郎の「浮草」(59年)など計89本(30プログラム)が上映される。

週刊新潮 2018年2月1日号掲載

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