養老孟司×塩野七生 「言い残したことがあって」「いつ死んでもいいや」

エンタメ 週刊新潮 2018年1月4・11日号掲載

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『遺言。』『新しき力』刊行記念 養老孟司×塩野七生 私たちの「物書き人生最終章」(上)

 養老孟司さんと塩野七生さんは、共に御年80の「同級生」である。旧知の仲でもあるそのお2人が、相次いで新著を出版。これを機に、作品について、またそれぞれの「来し方」についてざっくばらんに語り合った。2人の叡智が示した、「物書き人生」の最終章とは。

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塩野 お久しぶりです。

養老 お久しぶりです。1年ぶりですね。塩野さん、お変わりありませんね。

塩野 はじめてお会いしたのは、30年くらい前だったかしら。ちょうどこの帝国ホテルのラウンジで、「塩野さんの脳を東大の解剖学教室に持って帰りたい」なんておっしゃって……。

養老 そうそう。女の人の脳はあまり解剖室にないんですよ。男女の脳はよく見れば違いがわかります。女性の方が男性より言語野が大きいんです。言語能力を測る試験があったら、トップテンはみんな女性ですよ。

塩野 保存するガラスケースの色を特別にピンクにしてあげるって言われたのを覚えていますよ(笑)。でも私はまだ生きているからダメって言ったのよ。

養老 ハハハ。

塩野 イタリア語で「インベッキアアト・ベーネ」っていう言葉があるのよ。「うまく老いた」という意味で、久しぶりに会っても、養老さんはそういう顔をしていらっしゃるわね。

養老 私たちは満80歳の同じ年。ですから、今日は、同級会、ということですね。

「いつ死んでもいいや」

――そう再会を楽しむ2人の作家。冒頭から刺激的な“思い出”に話が及ぶ。

 2017年の年末、2人は、相次いで小社(新潮社)から新著を出版した。デビュー50年の塩野さんが著したのは『新しき力』。「ギリシア人の物語」全3巻の掉尾を飾る本書は、歴史長編としては、塩野さんの最後の著作となる。その作品で主人公に選んだのは、アレクサンダー大王。最後の作品にして、最も若い主人公である。

 一方の養老さんは『遺言。』。一気呵成の書き下ろしとなる本作は、動物とヒト、感覚と意識、アナログとデジタルなどの概念を考察することによって、いまの時代の「おかしさ」を浮き彫りにした新書である。

塩野 養老さん、『遺言。』読みましたよ。まず伺いたいのは、なぜ『遺言。』なんて題名にされたんですか。

養老 僕ももう80歳。もう平均寿命ですから、ぼちぼち死んでも当たり前。だから言い残したことでも書いておこうと思いまして。でも当面、死ぬ予定はないですけどね(笑)。

塩野 私は最後の作品を書いたから、いつ死んでもいいやって気分です(笑)。

養老 『新しき力』こそ力作ですね。それにしても、塩野さんはよくあれだけの量を書かれますよね。

塩野 今回はアレクサンダーが私を引っぱってくれたんですよ。まぁ引っぱってくれるのが彼なら、不足はないって感じでしたけれど。

養老 そう。

塩野 私、どう執筆活動を終わりにしようかとずっと考えていたの。地中海が西洋史の中心だった時代を書き尽したいという想いでこれまでやってきて、それは達成できたと思う。でも、デビューから50年もやってきて、史実を調べて考え、再構築するという集中力はまだあるんだけど、それを持続させる体力がなくなってしまった。それにこれはふざけた理由だけど、アレクサンダーを書き終えて、もういい男はみんな書いちゃったという気分です。はっきり言うとね、書きたいと思うような男はもういないのよ。

養老 それにしてもずいぶん骨だったでしょう。

塩野 それはもう。「ギリシア人の物語」を3年間書いてきて、疲労が蓄積しました。最近ちょっとネジが緩むと、ガタガタっと来ちゃう。

養老 日本とイタリアを往復するのが大変というのもあるでしょうね。時差もあるし。

塩野 何より、移動する12時間の禁煙が大変なんです。ここではタバコは吸えるのかしら。

――今や珍しくなった喫煙可のスペース。2人、それぞれ火をつけて一服。しばらく紫煙をくゆらす。

養老 最近、僕がタバコの良いところを言うだけでも、物言いがつくことがあるんですよ。

塩野 日本に帰国して印象的だったのは鉄道の人身事故の報道。そのうちどのくらいのケースが自殺なのかわかりませんけれど、彼らのなかに喫煙者ってどのくらいいるのかしら。

養老 タバコなどで一服できれば、自殺者の気が変わることもありうるかもしれませんね。

塩野 もしかしてタバコがあれば「今日じゃなくてもいいや」という程度には気分転換できるのではないかと思うんです。我々愛煙家は何かを始める時にまずは一本吸うでしょう。電車に飛び込む前に「まず一本」ってタバコを吸えば気が変わるんじゃないかしらと思って。

養老 それに吸っている間に電車が来ちゃって飛び込むタイミングを失ってくれるかもしれませんよ。

塩野 誰かが喫煙率と自殺率に関するデータを集めてみたらいいんじゃないでしょうか。

養老 いま日本ではタバコは「悪」。世界における北朝鮮みたいな扱いですからね。

塩野 小池都知事もタバコを目の敵にしているようですね。

養老 極端になっていて、この禁煙運動の中心に誰がいるかが見えません。これこそが現代の特徴でしょう。反捕鯨運動も、地球温暖化防止運動も、みな同根のところがありますからね。

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