脱北女性が見た北朝鮮核実験場「豊渓里」死の光景 汚染を知らない住民たちは死んだ川魚を…

国際 韓国・北朝鮮 週刊新潮 2017年12月14日号掲載

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北朝鮮を救ってしまった

「実験場の軍人も、支給された靴や制服を豆と替えたり、住民の鶏を盗んだりして飢えを凌いだ。冬になれば食べ物も凍ってしまう土地なのに、家の窓にガラスはなくて、薄いビニールを二重に貼って寒さを凌ぐのがあたり前。家のみならず車や列車の窓もみんなそうでした。国境を越える脱走兵も多く出て士気が下っていましたが、98年頃に突然、頼もしい支援が入ってきたのです」

――韓国では、親北の金大中(キムデジュン)政権が発足。「太陽政策」の下で、北への食糧や生活物資を含む経済支援が活発化したのである。

「今までビニール貼りだった窓にガラスが張られ、00年代になると食糧事情も良くなりました。研究者や軍人の家族は最上級の配給を受けることができ、米や卵、豚肉などが豊富に与えられました。結果として、中断していた坑道工事も盛んになっていったのです。

 多くの国民は政権崩壊を望んでいたのに、金大中大統領が、金正日(キムジョンイル)総書記の手を握り北朝鮮を救ってしまった。そのまま放っておけば、核実験の成功はおろか、間違いなく独裁体制は崩れていたでしょう。韓国では再び左派政権が親北の姿勢を打ち出しました。今こそ、過去に引き起こされた失敗を省みなければならない。同じ過ちが繰り返されてはなりません」

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特集「独占手記『核開発エリート技官』の脱北妻 北朝鮮核実験場『豊渓里』で見た死の光景――キム・ピョンガン」より

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