皇室よりも跡継ぎに苦労している神社界「女性宮司タブー」――入江吉正(ジャーナリスト)

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 女性の神職もいる神社界にあって、女性の後継者を阻むタブーがある。なぜ彼女たちは資格があるのに宮司として認めてもらえなかったのか。天下り先を確保したい神社本庁の思惑と、後継者に悩む神社界の現状をジャーナリストの入江吉正氏がレポートする。

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 一昨年、「日本創成会議」は、少子化の影響で2040年には、全国の自治体の約半分が消滅するという予測を発表した。

 このニュースは日本中にショックを与えたが、宗教界も例外ではない。國學院大學の石井研士教授はこれを受けて、将来、約35%の宗教法人が存続困難という概算を公表。それによると、「神社本庁」傘下の神社でも41%もの社が消滅するというのだ。

 日本には、大は伊勢神宮から横丁の“お稲荷様”のような小さな祠まで含めると神社が20万近くあると言われている。

 そのうち、比較的大きな「神社本庁」傘下の神社は約7万9000社。神社の代表者である宮司の数は約1万300人で、これが、そのまま宮司が常駐している神社数となる。残り約6万8700社は宮司がいないことになるが、現状では1人の宮司が複数の神職を兼務しており、なかには数十の“無人神社”を束ねる宮司もいるのが実態だ。

 近年では「パワースポット」や「御朱印」ブームもあって、ファッション誌などで紹介される有名神社には若い女性たちがこぞって訪れる。その一方、宮司もいない、さびれた神社がじわじわと増えており、神の世界にも「格差」が広まっているのだ。

 ここで「神社本庁」について説明しておこう。この組織は、伊勢神宮を“本宗(ほんそう)”とし、全国の傘下神社を包括する宗教法人である。敗戦の翌年、国家神道解体を推し進める占領軍から神社を守るため、全国の有力神社が「神社連盟」に参加するという形でスタートした。

 その下には都道府県ごとの神社を管轄する「神社庁」が置かれ、設立から70年近く経った今では、傘下神社(被包括神社)の宮司の人事権まで握るほどの力を持っている。

 ちなみに、靖国神社、日光東照宮、伏見稲荷大社などは、その成り立ちなどから「単立神社」と呼ばれ、神社本庁の傘下ではない。明治神宮は04年、いったん離脱したが、後に復帰している。

 堅苦しいように見える神社の世界だが、宮司は「女人禁制」ではない。

 神社本庁の規則でも神職(註・巫女のことではない)に性別はなく、最近では「女子神職会」という親睦団体もある。実際、その地域で最も格の高い「一の宮」と言われる神社に、女性宮司が就任しているケースもあるのだが、

「それでも、大きな神社や社格の高い神社では、代々宮司を務めてきた家系でも女性宮司の就任が認められないケースが後を絶たないのです」

 とは、首都圏の大きな神社で神職を務める関係者だ。

「とくに天皇家と近い“勅祭社”において、女性が後継者になれることはまずありません。それも神社本庁が強引に介入して、トラブルを引き起こすケースもあるのです」

 女性進出が当たり前の世の中で、神社界の奥にどんなタブーがあるのだろうか。たとえば、九州の名門神社で起きたケースを見てみよう。

女性を任命することはない

 大分県宇佐市にある「宇佐神宮」は、約4万600社ある「八幡宮」の“総本宮”である。

 祭礼時に天皇から勅使が遣わされる「勅祭社」のひとつとして知られ、広大な敷地に建てられた本殿は国宝にも指定されている。宮司職は南北朝時代から到津(いとうづ)家と宮成家が世襲してきた。宮成家が絶えた戦後は、到津家が引き継いでおり、天皇家とも縁の深い存在だ。

 その宇佐神宮で後継問題が浮上したのは08年のこと。当時、責任役員会が病気療養中の宮司の後任として到津家の長女で権宮司だった到津克子(いとうづよしこ)氏を選任し、それを神社本庁に具申する。だが、いくら待っても返答がなかった。

 当時の責任役員の一人だった賀来昌義氏(医師)が言う。

「この年、先代の宮司が亡くなるのですが、大分県の教育委員長(現・責任役員)が私の自宅を訪れて“宮内庁の掌典長を後継者にしたい。だから承認してもらいたい”と迫ってきたのです。これに対して私は“官僚の天下りは認めない”ときっぱり拒否した。すると先方は“神社本庁は宇佐神宮のような大神社の宮司に女性を任命することはあり得ない”と言い出したのです」

 結局、両者の話し合いは折り合わず、対立は決定的になる。

 翌年、神社本庁は克子氏の経験不足を挙げて、大分県神社庁長を「特任宮司」として送り込む。特任宮司とは神社に後継者がいない場合、神社本庁が宮司を派遣する制度である。

 もちろん、克子氏側はこれに反発、行事の際の宮司席をめぐって小競り合いが起きるなど対立が激化。さらに、克子氏は神社本庁を相手取り地位確認を求めて提訴するが13年、〈審議するべき案件ではない〉と最高裁はこれを退けてしまう。

「神社では克子さんに対する日常的な監視や会話の録音なども行われました。また、待遇が一方的に引き下げられたりしたことから、不服を申し立てると、神社本庁は一昨年、克子さんの免職を決定する。当時、克子さんは母親と宇佐神宮内の敷地にある宮司邸に住んでいたのですが、それも明け渡すように通告してきたのです」(克子氏の知人)

 克子氏は、解雇無効を求めて提訴し、今も宮司邸に住んでいる。

 宇佐神宮にこの騒動について質したところ、代理人弁護士から以下の回答が文書で寄せられた。

〈到津克子氏が宇佐神宮の宮司に任命された事実が存在していないことは、最高裁判決により、司法上も確定された事実です〉

 女性の後継者が認められなかったケースでは、香川県高松市の古社・冠纓(かんえい)神社(別名・かむろ八幡宮)もある。

別表神社

 ここは、縁結びの神社として知られ、秋季大祭で披露される大獅子は日本最大。また、陰陽師・安倍晴明が神主だったという言い伝えもある。その、冠纓神社が神社本庁と対立したのは約10年前のことだ。

「神社本庁や香川県神社庁は私たちを冷遇し続けてきたのです。その間、敷地の池にスーパーのカートを投げ捨てられたり、私が不倫をしているという噂を立てられたりしたこともありました」

 そう話すのは元宮司の妻・友安(ともやす)安記子氏である。

 事の発端は01年、神社と氏子が対立したところから始まる。神社側は神社本庁や香川県神社庁に解決を依頼するが、取り合ってもらえない。そこで神社本庁からの離脱を決めると、宗教法人審議会に持ち込まれ、最高裁でも争われる(11年に神社側の敗訴)。

 12年、宮司が亡くなると責任役員会は長女(神職の有資格者)を宮司代務者として神社本庁と香川県神社庁に具申する。ところが、昨年、安記子氏が受け取ったのは、香川県神社庁長が宮司に就任したむねの文書。人事を店晒しにされている間に神社の宮司ポストを奪われてしまったのだ。

 安記子氏は、今でも神社の建物に一人で暮らし、維持・管理などの仕事を続けている。奉納金は止められ、収入源である伊勢神宮のお神札(ふだ)の頒布もできないままである。

 明治時代、国が定めた神社(官国幣社)の宮司には法律によって男性しかなれなかった。戦後に発足した神社本庁でも、当初の規則には“二十歳以上の男子”と明記されている。

「しかし、戦争で男性の数が極端に減ってしまったことから、妻や娘が宮司にならないと維持できないところが出てきたのです。各地の神社から女性の神職も認めるべきだと言う声が上がり、神社本庁は数年後に女性宮司を認めるようになった。その後の女性の神職の活躍は目覚ましく、無人の神社が増えている昨今では、女性の神職がいたことで、廃社となることを避けられたケースもあるのです」(前述の神職を務める人物)

 こうした経緯があるにもかかわらず、前述のように「女性宮司」の就任を巡ってトラブルが起きるのはなぜなのだろうか。

 先に登場した「宇佐神宮」の到津克子氏の知人は、騒動の後ろに、神社本庁の“意図”が透けて見えるという。

「大きな神社だと、氏子の間にも“女性宮司には任せられない”というムードがあるのも事実です。そこに神社本庁が目を付けた。広大な敷地を持つ宇佐神宮には、140億円近い資産があるといわれています。神社本庁は神社の中央集権化を進めており、資産のある宇佐神宮を、この際“天下り先”として確保したかったはず。そのために、女性の宮司は認めないと言い出したのです」

 また、別の神社関係者によると、後継者を巡って神社本庁が介入するのは、勅祭社のほか、「別表(べっぴょう)神社」と呼ばれる神社も多いという。

「別表神社とは、神社本庁が特別規定で選んだ有力神社のことで本庁が人事に直接介入できます。勅祭社と同様、資産が多く、宮司の年収も高い。一般企業に例えると一部上場企業みたいなもので、神社本庁にとって絶対に手放したくない“天下り先”なのです」

 先の神職を務める関係者によると、

「『大喪の礼』など重要な皇室行事の際に、従者の服の材料を作る別表神社が徳島県にあります。全国に数ある神社の中でも、天皇家と結びつきの深い神社です。ここの宮司には一人娘がおり、父親の宮司も娘も後継者になることを希望していました。そこで、3年前に具申したのですが、神社庁にあっさり却下されてしまいました」

 表面化こそしていないが、女性の後継問題を抱える“予備軍”は全国にある。たとえば、茨城県で一、二を争う規模の別表神社も宮司の後継候補は一人娘。

「このまま今の宮司が亡くなれば、将来、神社本庁の介入があるかも知れません。神社の年間収入が10億円以上あるからです。父親の宮司は婿を迎えて継いでもらおうとしたのですが、うまくいかなかった。“宮司家は私の代で終わりだと思います”とこぼしていました」(同)

 そこで、神社本庁に女性神職の後継者問題について質すと、

「神社本庁は、そうしたことに公式の見解は出していません」

 と答えるのだった。

増える「兼業宮司」

 だが、神社界を見渡せば、一部の有力神社を除いて懐は寒くなる一方だ。

 たとえ名門神社であっても格式や伝統があるだけでは食べていけず、経営難に陥ったり、祈祷やお守りの販売などの本業が行き詰まって廃業したりするところもある。

 神社業界の専門紙「神社新報」(09年3月9日付)=神社本庁系=によると、神職の兼職率は、宮司が42・5%、その後継者になると68・3%にも上っている。祭祀だけでは暮らしてゆけず、他の仕事で生活を支えている「兼業宮司」が増えているのだ。

 神社のなかには、敷地を使ってマンションや老人ホーム、駐車場、冠婚葬祭の式場などの事業にも進出しているところも多い。最近では神社のネット化も進み、お札や受験グッズ、御朱印などもネットで買える神社がある。ところが、神社本庁はこうした独自の活動を良しとせず、最近では〈信仰の尊厳を損ないかねない〉として、自粛を通達している。

 ところが、神社本庁の締め付けに猛然と反旗を翻すところも出てきている。たとえば、石川県の「気多大社」のケースだ。

 ここは能登の「一の宮」という高い社格を持つ神社だが、06年に宮司の人事をめぐって、神社本庁と対立し、法廷闘争の末に本庁からの離脱を勝ち取っている。現在は、神社本庁とは関係のない「単立神社」として、女性誌に広告を出し、恋愛祈願を電子メールで受け付けるなど「縁結びの神社」を積極的にアピールしている。その結果、全国から若い男女の参拝者が増えている。

「神社本庁が一番恐れているのが、こうした宮司たちの造反なのです。傘下の神社から追随する者が出てこないように、何かあれば宮司の任命権を駆使して意のままにしようとする」(同)

 女性宮司を巡る後継者トラブルも、一皮めくれば宗教人口が減少するなかで起きた権益争いなのかも知れない。だが、「神社と神職を守ることができなくなった組織」と見られたとき、神社本庁は今のままでいられるだろうか。

入江吉正(いりえ・よしまさ)
月刊誌、週刊誌記者を経てフリージャーナリスト。著書に『ある日、わが子がモンスターになっていた』(KKベストブック)、『中途半端なブスはグレない』(小学館eBOOKs)など。

週刊新潮 2016年9月15日号掲載

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