天津・木村 後輩ムーディ勝山の持ちネタをジャック 一発屋芸人の骨肉の争いを髭男爵がルポ

芸能新潮45 2017年7月号掲載

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「一発屋」を自称する芸人である髭男爵・山田ルイ53世さん

「ゲッツ!」「なんでだろう~」「ヒロシです……」。一世を風靡し、急速に表舞台から姿を消す“一発屋芸人”たち。だが、彼らは決して“終わって”などいない。むしろ虎視眈々と、次の機会を狙っているのだ。

 そして、そんな一発屋界を揺るがす事件が起きた。その名も「バスジャック事件」。

 事件は、「右から来たものを左へ受け流すの歌」でブレイクしたムーディ勝山が、“ロケバスの免許”を取るところから始まる。仕事が減り、ロケに呼ばれなくなったムーディ。だがどうしてもロケに行きたい。そこで彼はなんと、ロケバスを運転するための免許を取得し、自ら運転することでロケに行こうとした。

「ムーディ勝山がロケバスの運転手になった」というネタは芸人仲間の中でも話題となり、テレビ出演も果たすようになる。念願かなって“2発目”を打ち上げた……かと思いきや、ムーディのもとに魔の手が忍び寄る――。

「恐怖のバスジャック事件」の顛末を、自らも「一発屋」を自称する髭男爵・山田ルイ53世が、詳細にルポする。

(以下「新潮45」7月号より引用)

 ***

 始まりは、一本の電話だった。

 ムーディが、“ロケバス”ネタを世に送り出して1年ほどが経ったある日。

 買い物にでも出かけたのか、妻子は外出中、自宅には彼一人である。

「多分、お昼か……夕方ぐらいだったと思います」

 まだ夜の帳が下りぬ明るい内にかかって来た電話の主は、天津・木村……“バスジャック事件”の犯人、その人である。

 天津・木村。本名、木村卓寛。向清太朗とのコンビ、「天津」のツッコミ担当。

 親兄弟の殆ど全員が詩吟の師範、あるいは師範代という一風変わった家に生を享けた彼。自身も師範代の資格を持つ。

 詩吟という古式ゆかしい日本の伝統……しかし、現代、特にお笑い界では見向きもされなかったその芸が日の目を見たのは、事務所の先輩である漫才コンビ・麒麟のラジオ番組に出演した際。そこで即興で披露した“エロ詩吟”が爆発的にウケ、2008年には数々のテレビ番組に出演、その一発を成し遂げた。同年発売した著書『エロ詩吟、吟じます。』が10万部を超えるなど、彼にもまた、数々の栄光は“あると思います”が、今はそれを振り返っている場合ではない。

 突然の着信に、

「何だろう……?」

 少々訝しく思ったムーディだが、木村は彼より2年ほど先輩。待たせる訳にもいかぬ。

「もしもし?」

 慌てて電話に出ると、開口一番、

「あのさー、俺もロケバスの免許、取っていいかな?」

 木村が言い放った。犯行予告……事件の幕開けである。

「衝撃的でした」

 とムーディが当時を思い出し、身を竦めたのも無理はない。

 その時点において、ムーディのロケバスネタは、少なくとも芸人の間ではお馴染みの話題。

 そもそも、“ネタ被り”は避けたいのが芸人である。漫才中の一ボケ、コントの設定の一部であろうが、人と被れば、そのネタは却下。みっともないし、恥ずかしい。そう感じるのが、お笑い芸人の矜持である。

「呆気にとられているうちに押し切られて、気付いたら『はい』と言っていた」

 と話すムーディの口調は、オレオレ詐欺の被害者そのもの。電話を切った後、

「今のは『はい』って言ったら駄目だったんじゃ……」

 と後悔するも、後の祭りである。

 しかし、そんな不意打ちの混乱状態でも、彼は辛うじて防御策を講じていた。

「『ロケバスの免許を取った』とだけは、絶対に言わないで下さい!」

 と木村に釘を刺したのだ。

 実はこれこそが、先ほどの「ムーディの発明」に関わる話。

「僕は『ロケバスの免許』という言い方をしてましたが、実際に取ったのは中型の免許。正式に仕事としてタレントを乗せ、ロケバスを運転するには、別に“二種”の免許を取らないと駄目なんです」

 まず我々の業界で“ロケバス”と呼称されるのは、マイクロバスのこと。中型免許を取得すればマイクロバスの運転は出来るが、業務での運転となると二種免許が必要になる。しかし、レンタカーのマイクロバスを借りて、“ロケバスの運転手役”を演じるなら中型免許だけで問題ない。あくまで出演者、タレントとしての露出になるからだ。

「僕はただの中型免許を『ロケバスの免許』という面白い言い方をしてネタにした。これは、僕の発明なんです」

 確かにこの言い方なら嘘ではない。ムーディの“面白咀嚼力”の勝利である。

「中型の免許取りました!」と、

「ロケバスの免許取りました!」

 では、その面白みは雲泥の差。

 前者の言い方では、ただの特技、いや「芸人廃業するのかな」などと捉えられかねない。言い方一つだが、立派な発明なのだ。その“特許感”は、同じ芸人として木村も無視出来ず、「ロケバス発言禁止」については、了承してくれたという。言ってみれば、フランスのシャンパーニュ地方で作られたものしか、シャンパンと呼称出来ない……あれと同じ。“ロケバス銘柄”、その原産地はムーディ只一人というわけだ。

 事実、その後木村は暫くの間、

「僕もムーディの真似して『中型の免許』取ったんですけど、何も仕事が来なかったんです……」

 いささか面白みに欠ける弱いエピソードしか、披露できなかった。

 かくして、不発に終わったかに思えた“バスジャック事件”。

 しかし、水面下で着々と事態は進行していたのである。

 ***

この後事態は急展開、天津・木村が“本当に”ロケバスの運転手になるという完全なネタジャックを起こし、恐るべき結末を迎えるのだが……。全文は「新潮45」7月号「一発屋芸人列伝」に掲載。