追悼・与謝野馨氏 「耳障りなこと」を言い続けた大物政治家の人物評

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 与謝野馨元衆議院議員が亡くなった。享年78。

 その経歴については、もはや繰り返すまでもないかもしれない。

 歌人の与謝野鉄幹・晶子を祖父母に持ち、本人は1976年の初当選以来、自民党きっての政策通として知られた。文部、通産大臣、官房長官等を歴任している。

 その与謝野氏の初の著書、『堂々たる政治』は、氏の政治哲学や「同業者」たちの人物評が盛り込まれた1冊だ。

「耳障りなことでも事実をきちんというのが政治家の仕事」という信念をもっていた与謝野氏だけに、率直に語られている政治哲学や政治家についてのエピソードは今読んでも興味深い。追悼の意味も込めて、いくつか紹介してみよう(以下、引用は同書より)。

■安倍さんは性格が良い

 まずは安倍晋三首相について。与謝野氏は先輩としてつきあってきたが、第一次安倍改造内閣で官房長官をつとめることになる。

 与謝野氏によれば、安倍首相は「勉強家」だったという。かつてアーミテージ元米国務長官と与謝野氏、安倍氏らで勉強会を開いたことがあった。

「このとき晋三氏は、ミサイル防衛など専門的な事について、アーミテージ氏とも対等に話していた。アーミテージ氏が『アベさんは、非常によく物を知っている』と驚いたことは今でもよく憶えている。

 最新の知識のみならず、戦前も含めた外交史、中国、韓国などの権力構造にまで詳しかったことに、私も驚いた」

 性格も良かった、と述べている。

「総理辞任の後の手記を読んでも、決して他人を責めるようなことをしていない点からわかる通り、性格が良く、非常に率直で、陰謀や策略を巡らすこともない。

 腹に一物あるような人ではなく、非常に仕えがいのある人だった」

■天才・小泉純一郎

 小泉純一郎元首相については「天性のカンとひらめきの持ち主」だった、として、次のようなエピソードを紹介している。今では伝説となりつつある「郵政解散」は、法案が参議院で否決されたからという理由で、衆議院を解散するという、かなりの「奇手」だった。そのため、そんなことできるわけない、というのが普通の見方だったという。

 しかし、小泉元首相は、こんな信念をすでに与謝野氏らに語っていた。

「私の先輩たちは、肝心なときに人に相談して判断を間違ってきた。私は肝心なときは絶対に人に相談しない。自分で決める」

 普通の人ならば、肝心なことは人に相談しようと考えるのだが、その正反対。その良し悪しは別として、「天才」だった、と振り返っている。

■中曽根元首相の母性

 与謝野氏が政治家としてのイロハを学んだのが中曽根康弘元首相である。実は政治家になる前からのつきあいで、就職先も紹介してもらっているし、秘書もつとめているのだ。

 秘書時代の与謝野氏が、あるとき中曽根氏に質問をした。

「派閥の親分というのは、どういう素質が必要なんですか」

 しばらくして中曽根氏はこう答えた。

「母性愛だな」

 続けて、
「いろんな性格の議員が大勢いる。それをみんな抱えていかなければいけないんだから、母性愛がないとやっていけないだろう」

 別の時には、
「政治家は、人を突き放すようなことができない。そういう職業なんだ」

 とも語っていたという。与謝野氏は、これもまた「母性愛」に通じる言葉だと感じたという。

■自民党に復党したばかり

 与謝野氏は先月、一度は除名された自民党への復党が認められたばかりだった。復党に関しては、本人からの強い要望があったのだという。自民党側の事情としては、都議選含みの決定だといった解説がなされていた。確かに、そういう面もあったのだろうが、与謝野氏の長い功績を評価して、というのもまた事実だろう。

 また、少々想像を働かせると、与謝野氏の言うところの安倍首相の「性格」も関係しているのかもしれない。

 安倍首相が、第一次政権時に唐突な辞任をして、政権を放り出した後に、与謝野氏は新聞のロング・インタビューに答えている。そこでは内情を赤裸々に語り、首相や政権についてもかなり厳しい話もした。首相からすれば、決して愉快な内容ではない。その記事が掲載された日に、与謝野氏のもとに安倍氏から電話がかかってきた。意外にもお礼の電話だった。

「与謝野さん、インタビューを読みました。どうもありがとうございます」

 安倍首相も「耳障りなこと」を言ってくれる先輩を尊敬していたのだろう。その独特のしゃがれた声を懐かしむ方も多いのではないだろうか。

2017年5月25日掲載

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