フランス大統領選イケメン候補者に同性愛者疑惑あり!? エリート・副社長・大臣・大統領候補…BLの主人公かよ!

国際2017年4月27日掲載

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 現大統領のオランドが率いる名門「社会党」の大凋落(6.36%で5位)も含め、ほぼほぼ下馬評通りの結果となったフランス大統領選。新興の政治勢力「前進!(En Marche!)」の代表、エマニュエル・マクロン(39)と、極右政党「国民戦線(Front NationalFN)」を率いるマリーヌ・ルペン(48)が、それぞれ、24.01%(マクロン)、21.3%(ルペン)と、僅差の得票率で5月7日の決選投票に挑むことになった。

 が、もっぱらのところはマクロンが圧倒的に有利といわれているのは、多方面で報じられている通り。何しろ彼は若さもさることながら、その経歴が華々しい。アンリ4世高校から、パリ第10大学へ、そしてパリ政治学院から国立行政学院へ……。いずれの学歴も、“名門”が付く超エリート校で、社会に出てからはフランス会計検査官、ロスチャイルド銀行、大統領府副事務総長、そしてオランド政権の経済・産業・デジタル大臣。ロスチャイルド銀行時代には企業買収で頭角を現すや、わずか2年で副社長にもなっている。実力も運もすべて備えて、おまけにご覧のイケメンぶりなのだから、まあ、おそらくは、そうなるのだろう。

 ちなみにいえばマクロン29歳の時に結婚した相手というのが24歳年上の元恩師ということもあって、そっちの方でも話題をかっさらっている(しかも、彼女は3人の子持ちだった!)。まあ、一部にマクロンが同性愛者だという風聞も流れているようだが、その辺はフランス人の寛容なる感性に委ねるとしても、相手はうるさい極右のオバサン。もう、決戦の結果は見えているじゃないか――といって、タカを括ってしまっては選挙はつまらないし、そもそもそんなに簡単にコトが進むとも限らない。

■イケメンとオバサンが残ったワケ

 ここで考えなければならないのが、なぜ、マクロンとルペンが、この決戦の場に残っているか、ということである。ご存じのとおり、フランスの政権は政党名の変遷はあるものの長いこと中道右派と中道左派の二つの既存政党の間で回ってきた。しかし、今回のマクロンしかり、ルペンはどうだろう。マクロンは元社会党とはいえ、現在は自らが昨年立ち上げた“インディーズ政党”である。一方、ルペンの「国民戦線」にいたっては1970年代に実の父ジャン・マリー・ルペンが作った当初は本当にキワモノのキワミだった。何しろ党首だった親父ルペンは、軍服にアイパッチ(コントじゃない!)で、時にはナチス擁護など吠えまくっていたのである。が、80年代に入ってからイメチェン(といっても普通の格好になっただけだが……)すると、2002年の1回目の大統領選では社会党のジョスパンを押さえて第2位。シラクと決選投票に挑むまでになった。彼は労働者、失業者、若年層から圧倒的な支持を受けていた。

 翻って今回の選挙。停滞するEUの経済、フランスは移民、難民問題で喘いでいる。フランスの貧しい“先住民”たちは「これ以上、ヨソもんにメシのタネを奪われてなるものか!」ということで、昨今のシリア難民はおろか、90年代に東欧から流れ着いた移民、さらには戦後の成長期に労働力として北アフリカから連れてこられた人々の子孫にまで、厳しい目を向けている。この延長線上にここ最近のヨーロッパのテロもある。テロリストがいくらIS(イスラム国)を名乗ろうとも、彼らはみな、ヨーロッパ生まれヨーロッパ育ちの貧困層出身。「ホームグロウンテロ」と呼ばれるゆえんだ。また、アメリカの中西部「ラストベルト」の人々がトランプ大統領に熱狂した構図ともほぼ同じだ。そしてトランプについて言えば、共和党を名乗っているとはいえ、生粋の共和党の政治家でないことにも注目だ。フランスにもまた既存政党が壊されてしまう、逼迫した状況がある。

■エリートは大嫌い!

 なぜ既成政党が否定されるのか――簡単に言ってしまえば、「現状打破」と言うしかないだろう。既成政党があれやこれやと様々な政策を打ち出そうとも、結果として貧しさから抜け出せなければ、人びとは別に道を求めるしかない。右か左かなんてもはや二の次だ。だから新たな選択肢としての「前進!」であり「国民戦線」ということになるのだが、ここで圧倒的有利の「前進!」のマクロンを見てみよう。

 先にも触れたように年増の奥さん、同性愛疑惑はともかくも、彼は羨みようもないほど完全無欠の経歴である。しかも父親は学者で母親は医者。生まれながらにして恵まれていることは、政治家においては決して珍しい話ではないのだが、これがフランスの最大の問題であるとしたらどうだろう。在仏40年のジャーナリスト広岡裕児氏が、フランス市民のリアルな視点をまじえながら執筆、話題になった書籍『EU騒乱――テロと右傾化の次に来るもの』から、気になる一節を引いてみよう。

《基本的人権の原則に従えば、本来、人間に上下はないはずだ。だが、近代民主主義を導いたルソーをはじめとする啓蒙思想家たちは、肉体労働をおこなう労働者階級と、精神労働または高等遊民といった知識階級は別物で、しかも知識階級が上位にあることを自明の理としていた。フランス革命ではすべての人々が「市民」とよびあった。市民とは定義からして政治に参加する者のことをいうのだが、実際には、革命の指導者たちにすべての民が参加するという意識はなかった。

 フランスにおいては第2次大戦前、地主資本家は私立学校に通い、庶民は公立小学校に通うことが通例となっていた。庶民が階級を上がれる機会は唯一小学校教師になることだけだった。戦後は長い間、1970年代まで大学進学率はわずかに10%にすぎなかった。その中でエリート養成校である「グランゼコール」へ進む者はさらに限られており、事実上の階級の再生産だった。》

 これは決して過去の話ではない。今もなおフランスの社会を形作る“因習”であり、“市民派”を標榜する政治家たちの多くもまた、この“因習”の輪廻の中で育ったエリートたちである。それを否定する動きが、今回の選挙であるならば、果たしてマクロンは有権者たちにどう映るのであろうか――。

 EU離脱を決めたイギリスの国民投票。トランプを生んだアメリカの大統領選挙……。いずれもが、したり顔のエリートたちの下馬評を覆してきたことを考えると、何かが起こることは、むしろ当然の時代なのである。

デイリー新潮編集部