「パン屋→和菓子屋」道徳教科書問題に決着 パンは日本の国民食です

社会2017年4月18日掲載

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日本にパンがやってきたのは、なんと500年近く前のこと。新しい物好きの織田信長も、パンを食べたという

 先月末、道徳の教科書の検定において文部科学省が、“郷土愛不足”を理由に「パン屋」の記述を「和菓子屋」に書き換えさせたのではないか、という報道が出ました。以降、「パン屋さんに失礼だ!」とか、「そもそも郷土愛を道徳に教えられるのか」など、さまざまな議論が沸き起こりました。

 しかし政府は7日、この報道についての民進党議員の質問に対して、「『パン屋』に関する記述に特定して検定意見を付した事実はない」とする答弁書を決定したそうです。

 政治的議論はさておき、パンはもはや、日本人の食生活に深く根付いていた国民食といっても過言ではありません。

 日本にパンがやってきたのは、なんと500年近く前のこと。日本人が大好きな食べものの起源を、さまざまな文献から探ろうとする、澁川祐子著『オムライスの秘密 メロンパンの謎 人気メニュー誕生ものがたり』(新潮文庫)によれば、「西洋のパンが日本に初めてもたらされたのは、1543年にポルトガル人が乗った商船が種子島に漂着した時だといわれている」とあります。新しい物好きの織田信長も、パンを食べたそうです。

 その後、鎖国でいったんパンの歴史は途絶えますが、開国後、1860年に日本人初のパン屋「富田屋」が開店。その後、「日本人の口に合うパンができないか」と「木村屋總本店」の木村親子が作り出し、1875年に明治天皇に献上したのが、「桜あんパン」でした。

 天皇はあんパンをいたく気に入り、以後、木村屋の「あんパン」は宮内庁御用達となりました。ほどなく「あんパン」は一般の人たちの間でも食べられるようになり、やがて「ジャムパン」や「クリームパン」が生まれ、日本独自のパン食文化が花開いたのです。

 カレーやコロッケ、餃子にラーメンといった日本の人気メニューは、外国の料理を日本流にアレンジし、工夫を重ねた結果生まれた、日本独自の食べ物といえるでしょう。同時に言えるのは、日本人が愛する食べもののほとんどが、日本オリジナルのものではないのです。『オムライスの秘密 メロンパンの謎 人気メニュー誕生ものがたり』を読めば、それがよくわかります。

 「和菓子」と「パン」では、いったいどちらが郷土愛を感じさせるのか――。そんな議論は、本当に意味のないことなのかもしれません。