塩野七生、自著のアマゾンレビューへの返答 「歴史にイフはあって良い」

社会週刊新潮 2017年4月13日号掲載

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■塩野七生『ギリシア人の物語II』刊行!「トランプ時代」の日本の針路(6)

作家・塩野七生さん

『ギリシア人の物語II』の刊行に合わせ、作家・塩野七生さんが綴った「日本の針路」もこれが最終回。その筆は「歴史と想像力」にまで及んだ。「歴史にイフはあって良い」――そう語る塩野さんは、想像をどのように羽ばたかせて古代ギリシアを語るのか。

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――ペリクレスの死後ギリシアで権力を振るったアルキビアデスは、現代では、アテネの衆愚政を代表するデマゴーグとしての評価が定着しています。しかし、塩野さんは、彼の指導者あるいは将軍としての“実力”を詳らかに描いています。

 ギリシアにはアルキビアデスを上手く使える人物がいなかった。歴史に「イフ」は禁物ですが、もし彼がユリウス・カエサルの時代のローマに生れていたとして、カエサルは彼を活用できただろうかと考えずにはおれません。

塩野「『歴史にイフは禁物』とは、日本だけが後生大事に守っているものではないでしょうか。

 ヨーロッパでは、その時代が専門の研究者でももっと自由。未曾有の惨劇で終わったアテネによるシチリア遠征でも、もしもアルキビアデスがあのまま遠征軍を指揮していたら、あんなひどい終わり方はしなかっただろう、と書くのですから。

 それに『イフ』は、禁物どころか奨励されてしかるべき、とさえ思う。

 もちろん、日本の時代小説家が言うような、史実がないので想像をたくましくできてよい、というのは論外です。歴史研究でなくても歴史エッセイを書く以上、史実を追うのは当り前の態度ですから。

 それでもなお、史実は尊重しながらも、『もしもああだったら』と想像を羽ばたかせるのは、歴史に接する態度としても重要です。

 なぜなら、『ペリクレスがあと10年生きていたとしたら』と考えるのは、10年の間に彼ならば何をしただろう、と考えることにつながる。そして、10年生きなかったのは事実ですから、死までの30年間、彼はアテネのために何をし、できたのかを、別の想いで見るようになる。

 アレクサンダー大王の場合も同じです。マケドニア生れの若者があの若さで死ななかったとしたらと想像するのは、死なないで長生きしていたら何をやっていたかを考えるよりも、10年という短期間にもかかわらず、その間にやりとげたのは何か、を考えさせる役に立つのです。

 要するに、『イフ』を自在に使うことで、過去でしかない歴史が生きてくる。歴史が、豊かになってくるのです。

 アマゾンのレビューの一つに、次のようなものがありました。私の書いたアルキビアデスへの感想です。〈仕事を完成まで持っていける人と、そうでない人の違いは、個人によるのか、生まれた時代のせいなのか(中略)私はむしろ『アルキビアデスがアテネでなく、後のローマに生まれていたら?』との思いを抱いた〉

 この人のような読者が、私にとっても最も嬉しい読者です。このような読者がいたから、今まで書きつづけてきたと思うくらいに。

 それで、性別も年齢も職業もまったくわからないこの人のために、私の想像を全開させてみましょう。

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