「震災何年目」で区切ることの愚かしさ

社会 2017年3月11日掲載

 東日本大震災から6年が経とうとしている。

 あの日、岩手県釜石市の「遺体安置所」には大勢の人々が集まった。人口およそ4万人の三陸の港町を襲った津波は、死者と行方不明者、合わせて1145人もの犠牲を出した。廃校になった学校などいくつかの施設が「遺体安置所」となり、瞬く間に未曾有の数の「遺体」が各施設を埋めていった。警察官、市役所員、医師、消防団員、葬儀会社社員、民生委員……その中には、地元のお寺、仙寿院の芝崎惠應住職の姿もあった。

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