1993年日本講演でも炸裂していた「トランプ」節 “俺の価値はマイナス9億ドル”

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■「日本人はグレートだ」24年前のトランプ日本講演録(下)

日本外国特派員協会での講演(FCCJアーカイブより)

 1993年に東京の日本外国特派員協会(FCCJ)で行われた講演の場でトランプが口にしたのは「日本人はグレート」「リスペクト」といった、今では考えられない言葉だった。

 日米間の貿易については〈私は日本のやり方に感心します〉〈アメリカ人はお人好し〉と語り、さらには日米の交渉能力の差を〈まるで、ダラス・カウボーイズと高校のフットボールの試合のようです〉と評する。

 音源を聞いたジャーナリストの徳本栄一郎氏は、

「つまり“なぜもっと強気に出ないんだ”と米国政府に不満を述べている。ウラを返せば、自分が交渉人ならそうするよと言っているのです」

 ***

 では、続く安保問題についてはどうなのか。

 80年代に参入するも、巨額の債務を抱え撤退に至った航空機ビジネスについて、彼はこう述べている。

〈ある日、私はシャトル事業担当の男から電話をもらいました。「困ったことになりました」。何と、燃料価格が1分間で2倍になったと言うのです。私は「何かの間違いではないか」と言いました。すると、30分後、その男は私のところに来て、「確かに間違っていました。トランプさん、価格は3倍になったのです」と言うのです〉

 何が何だかわからなくなった彼は、CNNをつけた。そして合点する。湾岸戦争が勃発していたのである。

〈災難です。ビジネスにとってまったくの災難です〉

 結局、彼はシャトル事業を手放す。そして、こんな結論に至るのだ。

〈我々はこの戦争で受けた損害から未だ回復している途上です。誰もがこの戦争で払った本当の犠牲の程度を知りません。誰もその犠牲を適切に償っていないのです。最終的にこの戦争に勝っていないことはわかるでしょう〉

 徳本氏が続ける。

「彼は戦争のせいで巨額の債務を負い、それをもって、戦争に負けたと言っている。つまり、戦争の勝敗さえもビジネスの視点で考えていることがわかります。後年、彼はイラク戦争も無駄なことだったと批判していますが、根底には、この時のトラウマがあるのでしょう。戦争はビジネスに損という考えは根強いと思います」

 翻って考えたいのは、日本の死活問題、尖閣有事だ。アメリカにとって、東シナ海の小島での戦争など、到底ビジネスになりえないのは言うまでもない。2月3日に来日したマティス国防長官は尖閣を「守る」と明言したが、ギリギリの選択を迫られた場合、御大が同じような結論を出すとは限らないのは、自明と言えるのである。

■乞食よりも…

 講演では、随所に後のトランプを彷彿とさせる表現が出てくる。

 30分の講演を終え、質疑応答に入る時はこうだ。

〈質問は何でも構いません。セックスのことでも、ビジネスのことでも〉

 この時、彼の妻だったのは女優のマーラ・メイプルズ。数えて2番目の妻だ。彼女についてこう述べる。

〈ある日、マーラとストリートを歩いていると、ティファニーの店の前に犬を連れて杖をついた盲目の紳士が立っていました。乞食です。私はマーラに、「あそこに男がいるだろう。彼は俺よりも9億ドルも価値が上なんだよ」と言いました〉

 当時、トランプは9億ドルの負債を抱えていた。

〈彼女は、「どういう意味? あの人にそんな価値はないわ」。私は言いました。「経済的に彼の価値がゼロだったとしても、俺の価値はマイナス9億ドルなんだよ」。彼女は美しく、妊娠していて、9億ドルの借金を抱えていると伝えてもそれでも逃げ出しませんでした〉

 妻への感謝を述べるにしても、表現が実にトランプ流。しかし、その5年後、彼はマーラを捨て、現夫人メラニアさんとの不倫に走る。そこに彼の不実さが出ているが、皮肉なことに、

「全体を通して、彼がもっとも強調する単語は『忠誠心(Loyalty)』。事ある毎に繰り返し述べられています」(徳本氏)

 確かに、

〈危機を乗り越えると、いろいろなことを学ぶことが出来ます。特に誰があなたに忠実であり、誰が忠実でないか、誰が本当の友人か学ぶことが出来るのです〉

〈私の姉は、喧嘩に強く、ワイルドであり、そして私に忠実でした〉

〈人生のある時期においてはトラブルに陥りたい。そうすることで誰が忠実であり、誰がそうでないかを知ることが出来るから〉

〈今日私がここに来たのは、私のことを信じ続けてくれた人に感謝するためです〉

 等々、そればかり強調する表現が相次ぐのだ。

■忠誠心重視

アンドルーズ空軍基地へ向かうマリーンワン機内にて(トランプ大統領Twitterより)

「この傾向は今も変わりません」

 と、言葉を継ぐのは、福井県立大学の島田洋一教授。

「2008年に出した著書の中で、彼は自分が部下にしたい選手は、ヤンキースの松井秀喜だと記しています。松井はこの2年前にダイビングキャッチをして芝生で左手首を捻り、骨折して戦線離脱するのですが、“自分の不注意でチームに迷惑をかけた。本当に申し訳ない”という姿勢を示しました。これが普通の大リーガーなら“芝生の手入れが悪かったんだ”と言う。松井のような人こそ、自分の部下にしたいと述べたのです」

 実際、今度のホワイトハウスの人事を見ても、世間の評価は最悪だが、選挙で自分を手伝った――と目される人物がチラホラ。忠誠心重視はここにも表れているのである。

 24年前の講演録が炙り出したのは、トランプが単純な暴言王に留まらず、極めて複雑で重層的な背景を背負った人物であるという事実。

 さて、安倍首相がこれとがっぷり四つに組み合えるのか。安定政権を自負するならば、まさにその「真価」がはっきりと問われるところである。

特集「『トランプ』の神経毒は日本の薬か?」より

週刊新潮 2017年2月16日梅見月増大号掲載

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