AIの東大挑戦、解けなかった問題は 「8割の高校生が負ける」教育への警告

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■中高生が文章を読めない

「AIの時代は人手不足には万々歳だ」と、みな言いますが、私は例の本(※新井教授が2010年に上梓した『コンピュータが仕事を奪う』)に「マッチングの問題がある」と書きました。少子化で子供が減った分の労働力をAIが補い、生産性を向上させることができれば日本経済にとっても朗報です。しかし、現実には、低コストのAIにできるレベルのことしかできない子供が増えてきています。

 私は問題文の意味が理解できないAIに、どうして8割もの高校生が負けたのか、もしかしたら中高生もAI同様に、教科書や問題文が読めていないのではないか、と疑問を抱き、全国1万5000人の中高生を対象に調査を始めました。

 その結果、今の中高生は教科書がまるで読めていないことがわかった。パターン認識を大量にさせ、これを見たらこう返せ、という教育を受けている彼らでも、意味がわかっていないとよくは解けません。このままではAIの前でにっちもさっちもいかなくなります。

 掛け算やかなの漢字変換など、統計に基づいた判断はできても、ウィキペディアを読んで意味がわからない、ということではまずい。格差が広がるばかりか、失業問題も人手不足も解消されなくなります。「人が減ってもAIがある。産業革命のときも結局、だれも困らなかった」と言う人もいますが、事実として子供は文章が読めず、AIに劣る問題解決しかできない。これではAIを使いこなすどころか、むしろAIに使われてしまいます。

 教科書がまるで読めない子に、教科書の内容を理解できているかどうかのテストをしても、鉛筆を転がして解答するのと同じレベルでしか正答できないはずですが、現実に今、そのレベルの子が中学生の2~3割を占めています。子供は減っているのにこの状況なのは、いかにもまずい。

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 たとえば新井教授の調査では、中高生に、

「Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある」

 という文章を読ませ、

「Alexandra の愛称は(  )である」

 という文中の空欄を、

「①Alex、②Alexander、③男性、④女性」

 の4語から選ばせたが、正解できたのは中学生の38%、高校生の67%にすぎなかった。

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 子供たちがここまで文章を読めていない現状を、今まで政府は把握していなかったのだと思います。ゆとり教育を改めて指導内容を濃くしても、教科書が読めないのでは無理があります。それが東ロボの挑戦につづいて行った読解力テストでわかったうえ、さすがにAIだったらそれくらいは読める、という話になってしまいました。

 どうにかしなければいけませんが、私一人の力では無理で、このままではまずいという世論の醸成が不可欠です。今、世の中は英語教育とプログラミング教育を進めようという流れですが、日本語も読めないのに英語を学ぶ意味がありますか。日本語も読めないのにプログラミングができますか。そのことをまだ、だれも考えていません。

 AIを使いこなせる人が決定的に不足する――。私が2010年に予想した事態を現実にしないことが、東ロボくんの性能を上げるよりも重要だと思います。

特別読物「なぜ人工知能は東大に合格できないのか――新井紀子(国立情報学研究所教授)」より

新井紀子(あらいのりこ)
1962年生まれ。一橋大学法学部卒、米・イリノイ大学大学院数学科修了。広島市立大学助手等を経て、2006年から現職。専門は数理論理学。主な著書に『コンピュータが仕事を奪う』(日本経済新聞出版社)。

週刊新潮 2017年2月2日号掲載

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