なぜ人工知能は東大に合格できないのか? 「東ロボくん」プロジェクトで分かったAIの弱点

IT・科学週刊新潮 2017年2月2日号掲載

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■短文問題対策に500億語

 シンギュラリティに到達すれば全員が平等になれます。AIがあらゆる仕事を担い、人間は恋をしてダンスをして詩を作って暮らしましょう、というユートピアが訪れるというわけですが、私はそうはならないと予測しています。労働から解放された人間にはベーシックインカムを、と話す人もいますが、そんな状況が訪れるわけがない。そう思うのは、機械が意味を理解できない、ということがわかったからです。

 今のAIは、ビッグデータによる統計的手法を使って意味がわかったふりをしているだけで、本質的な意味はわかっていません。その証拠に、AIは何ギガとか何テラものデータを使いますが、人間は何ギガも何テラも見なくても意味を理解することができます。

「東ロボ」プロジェクトは5年間、各科目ごとにチームを作り、有名企業も含めて総がかりで対策してきました。私はその総括的なチームリーダーで、関わった延べ人数は100人くらいでしょうか。英語だけで30人、数学だけで20人はいます。当初からセンター試験模試では、順調に成績を上げていきましたが、予想通りでした。コツコツと努力を重ねた結果です。

 今年、東ロボくんが英語の短文問題を解けるように、英語チームが読ませた語数は500億語でした。短文問題とは「( ) front of」のように文章の1カ所が空欄で、該当する語を4択で答える問題と、文の順番を正しく並び替える整序問題で、その二つができるようになるために、文の数でいえば19億文勉強させた。それでようやく正答率が9割を超えたのですが、人間のやり方と明らかに違う。人間ならさすがに100文勉強すればわかります。

 AIが統計的に勉強して、わかっているようにふるまうためには、1文を解くのに500億もの単語が必要で、2文、3文、それに整序問題も解くとなると500億の掛け算になる。エッセイの問題なら500億のエッセイを読む必要がある。つまり、統計を使っても意味まではわかるようになりません。私が予想した通りで、だからシンギュラリティは来ないと思うのです。

■巷の「AI論」への疑問

 そもそもシンギュラリティに到達するという根拠がよくわかりません。全人類の脳のニューロンすべてを足したものより、コンピューターのチップひとつの容量のほうが大きくなる、とよく言われますが、なぜニューロンを足すという発想なのか。足したら論理的な帰結が導かれるという保証はなく、脳細胞の数で決まるという話自体に信憑性がありません。脳細胞の数は人間よりイルカのほうが多いという話もあります。それならイルカのほうが人間より賢いのでしょうか。

 計算処理が速ければいいのかどうかもよくわかりません。スーパーコンピューターの計算速度を競いだすと、横に原発を1基建てなければ電力が追いつかない、という話が中国で出ていますが、このように、AIをめぐって論理的に破綻していない議論は聞いたことがありません。今まで発達してきたのだから今後も発達する、という経験則にも疑問が残ります。たとえば人が移動する速度は、徒歩から馬車になり、自動車になり、ジェット機になりましたが、コンコルド以後は速くなっていません。

特別読物「なぜ人工知能は東大に合格できないのか――新井紀子(国立情報学研究所教授)」より

新井紀子(あらいのりこ)
1962年生まれ。一橋大学法学部卒、米・イリノイ大学大学院数学科修了。広島市立大学助手等を経て、2006年から現職。専門は数理論理学。主な著書に『コンピュータが仕事を奪う』(日本経済新聞出版社)。

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