「既存薬」でがん転移の抑制を発見 普及のハードルは

ドクター新潮 医療

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 いかに日進月歩で治療法が進化しようと、未だ人類はがんの恐怖から自由になれない。その最たる理由は、外科手術が成功しても消え去らない“転移”のリスクにある。だが、世界初の発見によって、転移の抑制も絵空事ではなくなった。目下、効果に期待がかかるのは既存薬、しかも、B型肝炎の治療薬だという。

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夢の薬を、夢で終わらせてはならない(イメージ)

〈告知日。診察室に入った時の先生の表情で、「陽性だったんだな、癌なんだな」と分かった〉

 乳がんで闘病中の小林麻央は、9月20日付のブログで、がんが肺や骨にまで転移していることを明かした。

 彼女の告白が耳目を引いたのは、治療が格段に難しくなる“転移”が、がん患者にとって何よりも忌むべき言葉だからに他ならない。事実、がんの転移・再発に歯止めをかける薬はこれまで存在しなかった。

 そんな未知の領域を、ひと筋の光明が照らしたのは昨年1月のことである。

 九州大学・生体防御医学研究所の中山敬一教授を中心とするグループは、米科学誌で世界初となる発見を公表。ある既存薬を用いたところ、マウスに移植したがん細胞の転移が劇的に抑えられたという。中山教授によれば、

「投与したのはセロシオンというB型肝炎の治療に用いる既存薬です。マウスのみならず人間でも同様の効果が期待できます。また、この薬は20年間に亘って人間で使われてきた実績があり、安全性にも問題がないと考えられます」

 今回の画期的な治療法は、中山教授が長年手掛けてきたがん幹細胞の研究の過程で偶然、発見された。

「普通のがん細胞と違い、親玉であるがん幹細胞はほとんど増殖しません。抗がん剤はがん細胞が分裂する機構を標的としているため、がん幹細胞には効き目がない。そこで、あえて増殖を促す戦略でがん幹細胞の撲滅に成功したのですが、一方、副作用として転移が増えることが分かってきた」

■転移の根源を断つ

 中山教授は改めて転移のメカニズムを調べ直した。

「がん細胞はケモカインというタンパク質を産出し、これが信号となって骨髄からマクロファージを呼び寄せます。マクロファージは体内に侵入した細菌を消化する人体に必須の細胞。ただ、ケモカインが来るとマクロファージは骨髄から出て全身に小さな固まりを作り、そこにがん細胞が収まって転移が生じてしまう」

 つまり、がん細胞はマクロファージという“ゆりかご”に育まれながら増殖を続け、虎視眈々と次なる標的を狙っているのだ。

 この転移のメカニズムを根源から断ち切るのが先の薬剤で、

「セロシオンにはケモカインをブロックする働きがあります。実際、マウスにセロシオンを投与すると、ケモカインが効果を発しなくなり、マクロファージの血中への流入を防ぐことができました。論理的には、全てのがんに効果があると考えられます」

 一躍、“夢の薬”となったセロシオン。だが、その普及には既存薬ゆえのハードルがあるという。

「セロシオンはあくまでB型肝炎の治療薬なので、がん患者に処方するには改めて治験を行って認可を得る必要が生じます。ただ、セロシオンの特許は切れ、ジェネリックも存在する。すでに出回っている薬剤のため、億単位の資金をかけて治験を行うことには薬品メーカーも二の足を踏むでしょう。がん患者のためにも、国には治験の簡略化を決断してもらいたい」

特集「日本の『がん治療』はここまで進んだ!」より

週刊新潮 2016年11月10日神帰月増大号掲載

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