「朴槿恵大統領」弾劾で遠のく慰安婦問題の全面解決

韓国・北朝鮮週刊新潮 2016年12月22日号掲載

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朴槿恵大統領

 抵抗むなしく韓国の朴槿恵大統領(64)の弾劾訴追案が可決し、職務停止に追い込まれた。悪夢のような告げ口外交を展開してきた張本人の退場確定は、日本にとって僥倖かと言うとさにあらず。後を襲う者は、慰安婦問題に関する協定を反故にしかねないのだから。

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 見えない力によって殺伐とした近未来に、校舎ごとタイムトラベルさせられた児童。その生存競争をおどろおどろしく描くのが楳図かずお『漂流教室』である。

 2カ月に亘ってくすぶってきた朴大統領の「お友だち」による国政介入問題。

 世論というはっきり見える力によって近い将来の身柄拘束さえ視野に入ってきた彼女はサバイバルのため、来たる検察の捜査に備える毎日だ。

 主を失い、展望さえ描けぬ大統領府はあたかも校舎のようにさすらうのだが、慰安婦問題もまた、漂流を余儀なくされている。というのも事実上、号砲が鳴った大統領選挙で誰が勝っても、慰安婦問題の解決からは程遠いと韓国ウォッチャーが口を揃えるからだ。その中身に触れる前に、朴氏のこれからについて、「コリア・レポート」の辺真一編集長におさらいしてもらおう。

「最長で6カ月とされる憲法裁判所の審理の結果を待つことになります。判事、検事、弁護士などから選ばれた裁判官9人のうち6人が賛成すると罷免となり、不逮捕特権もなくなる。そこに至る可能性は五分五分というところですが、世論調査ならびに国会での弾劾賛成票が約8割に達していることを裁判官も無視できないでしょう」

 2004年の盧武鉉氏以来、権限が停止された2人目の大統領として、韓国憲政史に汚点を残すことになった朴氏は目下、公邸に蟄居中である。あらゆる公務を行なえないからといって無聊をかこつというわけではなく、たとえば元朝日新聞ソウル特派員でジャーナリストの前川惠司氏は、

「支持率が下がると、市場に顔を見せ庶民派をアピールすることがままあったのですが、いまやると卵が飛んでくるので慎むほかないですね。飼っている中型の『珍島犬』2頭をあやしたり、勉強中の中国語に磨きをかけたりして過ごすのではないでしょうか」

 と見立てるし、現地在住のライターは、

「もともと彼女は午後8時以降に公務を入れない。というのも連続ドラマが好きでそれを見たいからと言われてきましたが、これでそれを堪能する時間ができたというわけです」

 そう冗談めかしく語る。一方で、「コリア国際研究所」の朴斗鎮所長によると、

「弾劾審査と特別検事の取り調べのための準備に余念がありません。弁護士を選りすぐり、弾劾直前に情報担当の秘書官を交代させたり、徹底抗戦の構えです」

 うそぶくように、「国家と結婚している」と公言して憚らなかった朴氏が、離縁状を突きつけてきた当の国家と立ち向かう気概が伝わってくる。

 ともあれ、日韓両政府が慰安婦問題を決着させることで合意したのは、昨年12月のことである。

慰安婦少女像

「ポイントは、①安倍首相が元慰安婦にお詫びと反省を示したうえで、②韓国が彼女らの支援を目的に設立する財団に日本が10億円を拠出、③最終的かつ不可逆的な解決を確認し、④在韓日本大使館前の慰安婦少女像撤去について韓国が努力する、といったものでした。10億円を原資とした現金支給は、対象者46人のうち半数に対してすでに完了しています。でも、少女像の撤去は一歩も前進していません」

 と、外務省担当記者。事実、慰安婦問題のこじれの象徴と言える1メートル20センチ程のその像(写真)は、冬の間、帽子と外套をかけられベンチに腰かけたまま。

 そもそも1965年の日韓基本条約において、政府無償贈与3億ドル、政府借款2億ドル、民間借款3億ドルの計8億ドルを日本が支払うことで、韓国は請求権の一切合財を放棄したのではなかったか。それを結んだのは、他ならぬ朴氏の父・朴正煕元大統領ではなかったか。

■竹島に上陸経験

 大統領が罷免された場合、60日以内に大統領選を行なうと、かの国の憲法は定めている。差し当たってポスト朴に名が挙がるのは、

 文在寅・最大野党「共に民主党」前代表(63)

 潘基文・国連事務総長(72)

 李在明・京畿道城南市長(51)

 安哲秀・第2野党「国民の党」元共同代表(54)

 の4人だ。

「最新の世論調査では、潘と文が20%で同率首位、李が前月より10ポイント上昇して18%、安は8%となっています」

 とは現地特派員。ざっと横顔を紹介してもらうと、

「文在寅は、盧武鉉の秘書室長を務めていました。前回の大統領選に出馬し、朴に敗れています。与党『セヌリ党』からの出馬が有力視される潘基文もまた盧政権で外相だった。そして、このところ急激に支持を集めている李在明は、文と同じく民主党の所属でソウル近郊のベッドタウンの首長。部屋のなかの水が冬場に氷るほどの極貧生活を経た苦労人の彼の物言いを、小気味よいという意味で『サイダー』などと評する声があります。が、たとえば実兄を“統合失調症がひどくなった”とあげつらうような発言から、『韓国のトランプ』とも呼ばれています」

 実際に、今月3日のデモにおいても、「今回の事件の根幹は、財閥と親日独裁勢力」と難詰する場面があった。

 このトランプ、いや李市長と慰安婦問題との相関関係について、拓殖大の呉善花教授の解説によれば、

「去年の『日韓合意』以降、韓国では反日の機運が高まってきました。朴大統領の支持率が下がり、その後の総選挙で与党が敗北。強制連行のシーンから始まる『鬼郷』という反日映画は350万人を集客しています。“慰安婦で妥協するな”というデモが続けられてきた流れが『弾劾支持デモ』へ発展した。それに火をつけたのが李なのです」

 11月14日、日韓両政府は、軍事情報保護協定に仮署名したが、これにも李市長は、

〈軍事上の敵国である日本に軍事情報を無制限に提供するこの協定を締結するなら、朴槿恵は大統領ではなく日本のスパイだ〉

 と噛みつくばかり。北朝鮮を牽制するためには不可欠な協定であるにもかかわらず。とはいえ、このトランプ市長に負けず劣らず文・前代表も日本にとっては鬼門で、

「文は『日韓合意』のあとで慰安婦の銅像の前に立って、“政権を取ったあかつきにはこれを破棄する”と主張していました。代表的な反日大統領である盧武鉉の薫陶を受けていますから、その通りに実行するでしょう。今年7月、竹島に上陸してもいますしね」(前出・辺氏)

■急拡大の無党派層

「潘以外の候補者が当選すれば、『日韓合意』を破棄するでしょう。これは協定であって条約ではないので破棄できる。破棄まではしないその潘にしてみても、少女像の撤去には踏み込めない」

 いずれにせよ慰安婦問題に進展なしと見るのが、早大名誉教授の重村智計氏だ。

「潘は反日でもなければ反北朝鮮でもなく、どっちつかずで信念がない。去年、中国での『抗日戦勝記念式典』に出席したのは、中国の後ろ盾を得て平壌訪問が実現する可能性があったからと言われている。北が断って実を結ぶことがなかったのですが、漕ぎつけられれば箔がついたに違いありません」

 現在、保守勢力のなかで意欲を隠さないのは潘事務総長ひとりだが、保守勢力の再編は大いにあり得るとし、重村名誉教授が続ける。

「ソウル大学研究所の調査では、今回の弾劾劇で、与党『セヌリ党』の支持率は30・3%から9・2%に急落。ところが意外なことに、野党も支持を失って、第1野党『共に民主党』は36・3%から22・9%に、第2野党『国民の党』も12・8%から5・9%に激減しています」

 政党総倒れのなか、存在感を際立たせているのが無党派層だ。

「17・2%から53・4%に急拡大しています。政党は権力を目指す駆け引きばかりで国民の声に耳を傾けない、という意識が広がった結果です。韓国の政治は3カ月おきに変わるというのが定説。今回の騒動が立ち上がったのが10月末ですから、来年になればまた変化があるでしょう。たとえば、ソウル市長の朴元淳が候補者の李(城南市長)と安(第2野党元共同代表)の醜聞を暴露し、代わりに自身が打って出るという話もないわけではありませんから」(同)

 ところで、朴政権の応援団として振る舞ってきたものの、騒動のさなかに「反朴」へ舵を切った朝鮮日報は、こう胸を張っている。

〈憲法に定められた手続きに沿って弾劾に至ったのは、市民の力に負うところが大きかった。国と国民がそれだけ成熟したことは間違いない。これを「2016年に起こった国民による名誉革命」と呼んでも決して誇張にはならない〉

 もっとも、この高邁な社説に透けて見える国民性について重村氏は、

「自由な選挙で選んだ人物を革命で引きずりおろせるのなら、法律に従うのが根幹の民主主義とは言えない。加えて、その法律よりも倫理・大義名分を優先させるのがあの国。慰安婦問題は日本に責任があるというのが韓国社会では絶対的に正しいとされている。だから、間違いだと指摘すると袋叩きに遭いかねないのです」

 と苦言を呈す。

 近代国家には似つかわしくないいびつな民主主義が発展した結果、慰安婦問題の漂流という殺伐とした近未来が続くのである。

特集「『朴槿恵』大統領弾劾が漂流させた『慰安婦問題の全面解決』」より