世界記憶遺産「杉原千畝」骨肉訴訟に勝った四男の独白

社会週刊新潮 2016年12月1日号掲載

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 鳥の目で見下ろせば美しいストライプに映る畝は、虫の世界だと土が一定間隔で盛り上がったりする急峻な崖である。人生もまた、遠景と近景では全く違う像を結ぶようで、外交官・杉原千畝も同じ。ナチスの迫害から逃れるユダヤ人にビザを発給。多くの命を救った史実が、近く世界記憶遺産として登録される。一方、彼の遺産を巡り骨肉の争いが展開されているのだ。

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世界の英雄である(出典:Wikimedia Commons)

〈杉原千畝妻の遺言は「無効」〉――新聞各紙がそう報じたのは、11月17日、東京地裁で下された遺産訴訟の判決だった。

 勝ったのは原告で、千畝の子供として唯一存命の四男・伸生(のぶき)氏(67)である。ベルギー在住の彼がこう語る。

「千畝の遺産を相続した母は、同居していた次男にこれを譲る遺書を作っていました。が、2001年の12月、母が入院して意識障害となってしまった。それをいいことに、全財産を千畝の長男の子2人に相続させ、長男の妻が遺言を執行する公正証書が新たに作成されたのです。千畝には孫が9人いるのに、長男の子供2人だけが相続する内容に変わってしまいました」

 このたび裁判所は、被告である千畝の長男の妻・杉原美智(78)とその長男・千弘(52)、長女・まどか(50)の各氏が遺言を勝手に発案したと認定。その効力を否定したのだ。結果、訴えた四男も遺産を継承する権利を得ることになったと聞けば、これで一件落着となるところ。しかしながら、

「千畝は金銭的に価値のある遺産をほとんど残していなかったため、裁判は財産目的で起こしたのではない。千畝が遺した手記や文書を取り戻して長男一家の作り話を糺(ただ)さない限り、天国の父も浮かばれません」

 被告となった長男一家はNPO「杉原千畝命のビザ」幹部を務めており、「千畝生誕の地」として町おこしという名のビジネスを展開する岐阜県八百津(やおつ)町に千畝の手記を提供。今年5月末に役場は、それと千畝が書いた「命のビザ」等を世界記憶遺産に申請していた。

■「国際的に恥をかく」

 来夏までに、パリのユネスコ本部の審査が終われば晴れて登録となるが、肝心の手記に“嫌疑”があると、伸生氏は訴えていたのだ。

「申請手記には、父の生まれが岐阜県加茂郡八百津町とあります。が、戸籍を見ればそこは本籍地で出生地は岐阜県上有知(こうずち)町、今の美濃市なんです。千畝の父はこの地に住み税務署に勤めていました。生誕地を八百津町にしたい誰かの手で、手記が改竄されたのです」

 伸生氏の同意なしには、申請に“待った”がかかる可能性もあるが、

「父が書いたとされる手記や資料が返還されれば、第三者の力も借りてしっかり調査したい。日本が申請した世界遺産にウソがあるとなれば、国際的にも恥をかく。国益にかかわるだけに、正しい歴史を後世に伝えて貰いたいと願います」

 嗅ぎ取った画策の悪臭元を摘み取る決意だ。

 では、敗訴した当のNPO副理事長・まどか氏に聞くと一瞬まごついて、

「控訴するのかも含めて、弁護士と相談します」

 申請者の八百津町の金子政則町長はと言うと、

「手記は本家の方にお借りしたものですし、千畝さんが書いたと信じています。町は申請に関して杉原家に頼るしかないので、裁判の行方を見守りたい。せっかくここまで盛り上げてきたのに、残念な気持ちです」

 と、未練が残る様子。我慢していたため息を吐き出すようなその言葉の響き。名にし負う千畝が世界を照らした一条の光。両者のあいだには、いわば切り立った崖が屹立しているのだ。

ワイド特集「希望とため息のストライプ」より