「ヒラリー大統領」が落とすニッポン経済への大きな影 TPP頓挫、円高圧力…

国際週刊新潮 2016年11月3日号掲載

  • 共有
  • ブックマーク

 ドナルド・トランプ(70)とヒラリー・クリントン(69)が争うアメリカ大統領選挙は、ついに投開票を迎えた。「ヒラリー大統領」の誕生は“トランプよりマシ”とはいえ、対日本でのリスクは存在する。アメリカ国内でも多数派を占める“同盟国の負担増”の声に押され、日本の防衛費負担増は避けられないという。

 ***

 ヒラリー・リスクはそれに留まらず、ニッポン経済にも大きな影を落としかねないのだ。なかでも最も危ぶまれるのは、安倍政権が「成長戦略の切り札」に掲げ、今国会での承認に躍起になっているTPPである。

 そもそも、オバマ政権の国務長官時代、ヒラリーはこう豪語していた。

「TPPは自由で透明性が高く、公平な貿易に道を開く黄金律(ゴールデンスタンダード)になる」

 しかし、今年7月に民主党候補に指名され、トランプとの一騎打ちが始まるや、

「TPPが最終合意した時、私は反対した。大統領になっても反対する。TPPを含め、雇用を奪い、賃金低下を招くいかなる貿易協定も止めるつもりだ」

 と宣言して見せた。シグマ・キャピタルの田代秀敏チーフエコノミストは、

「国務長官時代のヒラリーは講演や記者会見で計45回もTPPに言及しています。それほど熱心なTPP推進の旗振り役だった。しかし、アメリカでは08年の金融危機以降、中間層以下の所得が減少。その鬱憤が、ヒラリーと民主党候補の座を争ったサンダースや、トランプの支持者を増やすことに繋がった。それこそが大本命だったヒラリーを苦戦させた最大の要因でした」

“ヒラリー大統領”と“ファーストジェントルマン”

■講演料は153億円

 CNNの調査によれば、クリントン夫妻が01年から昨年春までに手にした講演料は実に153億円。ゴールドマン・サックスなど、大手金融企業が主催するイベントも数多く含まれる。

「ヒラリーは既得権益の権化とされたことで厳しい選挙戦を余儀なくされた。そのせいで、大統領になっても低所得層の雇用を守るといった、国内問題を最優先する“アメリカ・ファースト”的な政策を取らざるを得ない。皮肉にも、これは宿敵・トランプの掲げたスローガンです」(国際部記者)

 結果、グローバリズムを象徴するTPPはタナ上げになるというわけだ。

 TPPは署名から2年以内に参加全12カ国の承認手続きが済むか、または、12カ国のGDPのうち85%以上を占める、最低6カ国の批准によって発効する。

「この数字を満たすには“60・4%”のアメリカの批准が必要。事実上、アメリカが拒否権を握っているようなものです」(田代氏)

 また、告発サイト「ウィキリークス」は、ヒラリー陣営が再交渉の上でTPPを実現するシナリオを練っていたと公表した。ゴールデンスタンダードどころか、ダブルスタンダード(二枚舌)が露呈した格好だが、福井県立大学の島田洋一教授(国際政治学)によれば、

「ヒラリーも本音ではTPPには賛成です。そのため、大統領選後から、就任式が開かれる来年1月20日までのレームダック期間中に、オバマ政権下でTPPを批准してもらいたいと考えている。ただ、連邦議会で多数派を占めるのは共和党です。“ヒラリー政権”がTPPを引き継げば、都合の良い付帯決議を盛り込んだり、“アメリカへの日本車の輸出を制限する”といった新たな条件を持ち出して再交渉を要求するでしょう」

 たとえ日本が国会で承認しようと、アメリカにハシゴを外されれば、アベノミクスの最後の砦であるTPPは頓挫しかねないのだ。

■円高圧力

 加えて、ニッポン経済を襲うのは円高圧力である。

 アベノミクスは異次元緩和や黒田バズーカによってマネーの供給量を増やし、円安を誘導してきた。ところが、“ヒラリー政権”はそれに待ったをかけるという。

「すでにアメリカは、中国やドイツとともに日本を為替操作の監視リストに指定しています。要するに、アベノミクスを根本から否定しているのです」

 と先の田代氏が言えば、ファイナンシャルプランナーの深野康彦氏は、

「今年6月にパナマ運河の拡張工事が終わり、アメリカは来年から本格的にシェールガス輸出へと乗り出します。これまでの3倍近い積載量の大型船が通航できるため、シェールガスの輸出基地が置かれるメキシコ湾からアジアに向けた直接運航が可能になったのです。ただ、言うまでもなく、この分野では中東やロシアが強く、アメリカは新参者。輸出競争力を高めるためにもドル安にシフトすることは避けられない」

 では、ヒラリーが政権を握ると、どれほどの円高に見舞われるのか。

「それは彼女の最初の一般教書演説次第でしょう。オバマは10年1月の一般教書演説において“5年間で輸出を倍増し、200万人の雇用を創出する”という方針を打ち出した。結果、為替はドル安に振れ、10カ月後には1ドル=80円台まで円高が進んだ。ヒラリーの言動次第では同様の影響が出かねません」(同)

■“天気予報的外交”

 トランプやサンダースの亡霊に足を引っ張られ、自国びいきな政策に終始するしかない“ヒラリー政権”。その煽りを受け、茫然自失となるニッポン経済の姿が目に浮かぶ。

 だが、外交ジャーナリストの手嶋龍一氏はこう喝破するのだ。

「“アメリカの新しい大統領は、日本に厳しい姿勢を打ち出すのではないか”と考えること自体が“天気予報的外交”なのです。日米関係は、外交の力で変えることができ、人力ではどうにもならない大自然の天候とは違います。現に日本は中国に次ぐ経済大国であり、アメリカにとって東アジアの最重要の同盟国です。TPPにしても、安倍総理が“再交渉には応じない”と断言したことで、ヒラリー候補にスタンスを変えさせ、批准に向けて議会を説得するためのカードになっています」

 所得格差に不法移民と、大統領選で病理が露見したアメリカを前に、途方に暮れるだけではニッポン経済にも未来はあるまい。

特集「『ヒラリー』新大統領で途方に暮れる『ニッポン経済』」より