デイリー新潮

スポーツ

“ミスター・ラグビー”平尾誠二逝去 「あんたは親不孝やなぁと怒ったんです」母が語る最期

現在発売中

週刊新潮 2017年5月4・11ゴールデンウィーク特大号 
2017/4/26発売

ネット書店で購入する

 その華麗で果敢なプレーに釘付けになった人がどれほどいたことか。元日本代表や元日本代表監督という肩書より「ミスター・ラグビー」と呼んだほうが平尾誠二氏にはぴったり来る。天命というには早すぎる死を惜しむばかりだが、その命を縮めた病魔の正体とは。

 ***

平尾誠二氏といえばラグビー界の“伝説”そのもの

「(9月に見舞いに行ったときは)もう、あんまり元気がなくて、喋るのも難儀な感じで、ほんまに可哀想でした。それでも、優しい子やから“タクシー代出してあげてや”と奥さんに言うてくれたんです。私の足が悪いのを心配してくれて……」

 息子の葬儀から戻ってきた母・信子さんは、そう言って声を詰まらせた。

 病気療養中だった平尾誠二氏の死が明らかにされたのは、10月20日のこと。53歳という年齢もさることながら、昨年まで元気な姿を見せていただけに、ラグビー関係者にとっては唐突な訃報だったに違いない。

 言うまでもなく、元日本代表スタンドオフの平尾氏といえばラグビー界の“伝説”そのものだ。京都・伏見工高時代に全国制覇、同志社大学では大学選手権3連覇という偉業を成し遂げ、神戸製鋼時代は日本選手権7連覇の中心選手でもあった。ワールドカップに3度出場し、34歳という異例の若さで日本代表監督も務めた。私生活では、元女優の妻との間に2人の子供がいる。

■昨年9月の余命宣告

「僕は平尾君に日本ラグビー協会の会長になって欲しかった。カリスマ性も実績もあった彼は、それほどの人材だったのです」

 そう嘆くのは元日本代表の松尾雄治氏である。

「平尾君は試合中も寡黙な男でしたが、すごかったのは、日本のラグビーに“自由”を持ち込んだことです。思い出すのはニュージーランド遠征の時、相手チームが深く蹴り込んできたボールをタッチラインの外に出すのかと思ったら、キャッチしたまま突っ込んでいった。当時はあり得ないプレーでしたが“臨機応変のないチームは世界で勝てない”というのが彼の持論。また、神戸製鋼がいち早く外国人選手を起用したのも平尾君の意思があったはず。“我々が持っていないものを外国人選手から学ばないといけない”というのが口癖でした」

 日本代表監督としては満足のゆく実績を残せなかったものの、平尾氏の考えは昨年のワールドカップで結実したといえる。終了間際の劇的トライで南アフリカを破った試合を、どんな気持ちで見ていたのだろうか。だが、身体に潜む病魔が牙をむいたのは、皮肉にも大会の前後のことだった。

 神戸製鋼コベルコスティーラーズのGMを務めるかたわら、日本ラグビー協会の理事として忙しい日々を送っていた平尾氏だが、昨年9月になって入院する。まわりには胃潰瘍と説明していたが、この時、医師からはすでに「余命宣告」を伝えられていたという。

Dr.週刊新潮 2017 病気と健康の新知識

■「お酒が好きな人やったから……」

 それでも、松尾氏が都内で経営するバーに姿を見せたのは昨年10月。この時、平尾氏はまだ色艶も良く、病人には見えなかったという。明らかに異変が見て取れたのは今年1月に大阪で開かれたスポーツフォーラムに出席した時だ。

「頬が痩せこけて精悍なイメージがすっかり消えてしまっていたのです。まわりには“ウエストが現役時代に戻った”と冗談を言っていましたが、ラグビー協会の理事会も欠席するようになっていました」(スポーツ紙記者)

 前出の松尾氏が言う。

「今春から私のラジオ番組が始まったのですが、第1回のゲストに平尾君を呼びたかったのです。“お前しかいない”とメールを送ってね。ところが、3月20日に来た返事には“光栄な話ですが神戸を離れられません”と書いてあるだけでした」

 最後に公の場に姿を見せたのは、4月に大阪で開かれた「毎日21世紀フォーラム」だったが、この頃から、大好きな神戸製鋼のグラウンドにも行けなくなる。容態が悪化し「京大病院がんセンター」に担ぎ込まれたのは9月に入ってからのことだ。母親の信子さんが振り返る。

「その時、息子に“あんたは親不孝やなあ”と怒ったんです。先に死ぬなんてという意味でね。そしたら息子は“その通りや”と笑うばかりでした」

 病名は当初、本人の意向で伏せられた。信子さんに聞いても、「派手なことは嫌いな子やから私も言わんことにしているんです」と口ごもる。だが、親族の1人によると、

「肝臓がんだと聞いています。お酒が好きな人やったから……」

■胆管に転移か

 ラガーマンだけあって、酒の量は常人以上だが、平尾氏は酒に呑まれるようなタイプではない。だが、肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれているように、肝炎や肝硬変になっても顕著な自覚症状はない。そして、スポーツマンや体の頑丈な人ほど、異変を見逃してしまいがちなのだという。

「そのため、何かおかしいと感じた時には、がんが進行してしまっていることが多いのです」

 とは、秋津病院の秋津壽男院長だ。厚生労働省の統計によると、肝臓がんによる死亡者数(2015年)は、すべてのがんの中でも4番目に多い。

「今年1月の姿を拝見する限り、普通の肝臓がんでは、あそこまで痩せ細るという事はありません。平尾さんは昨年9月に入院されているとのことですが、すでに肝臓と近接する膵臓や胆管などに転移が進んでいて手術が出来なかったということが考えられる。もう一つは、肝臓のなかでも胆管や肝動脈を巻き込む形でがんが出来ていた可能性があります」(同)

 転移が進むと複数の臓器で機能不全が起き、腹部や足がむくむ一方、身体はげっそり痩せてしまうのだという。後日、遺族から発表された死因は「胆管細胞がん」。肝臓がんの一種である。

 親しい知人にも告げず、病魔と闘った平尾氏は、最期まで自分の“プレースタイル”を貫こうとしたのだろうか。長らく付き合いのあったノンフィクション作家の早瀬圭一氏が言う。

「平尾君の性格を一言でいうと“孤高”です。そして真面目で繊細。一緒にカラオケに行くと、必ず甲斐バンドの“HERO”を歌っていたのを思い出します」

 日本のラグビー界を支え続けたヒーローを、あまりに早く我々は失ってしまった。合掌。

特集「屈強の天才ラガーマン『平尾誠二』を斃した『肝臓がん』」より

  • 週刊新潮
  • 2016年11月3月号 掲載
  • ※この記事の内容は掲載当時のものです

この記事の関連記事