日銀「黒田バズーカ」は弾尽きて「デフレはそんなに悪いのか」

政治週刊新潮 2016年10月6日号掲載

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 ついにアベノミクスの失速は白日の下に晒され、かつて号砲を轟かせた「黒田バズーカ」も弾尽きて沈黙を続けるばかり。日銀は異次元緩和の見直しへと追い込まれてしまった。だが、そんな時だからこそ改めて考えてみたい。デフレはそんなに悪いのか――。

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もはや空砲しか撃てない

 日本の経済・物価は好転し、デフレではなくなりました――。

 9月21日、日銀が発表したリリースには、何とも誇らしげな、自画自賛の文言が躍っていた。

 他方、この日に都内のオフィスで交わされたのはこんな会話である。

「おっ、ランチにビッグマックか。若いねぇ……」

「先週からドリンクがついて400円のバリューランチが始まったんです。そういう先輩は吉野家ですか」

「そう、豚丼。4月に復活した時はうれしかったな」

「牛丼より安い330円ですからね。僕も学生時代は豚丼派でした」

“異次元緩和”の成果を喧伝する日銀を尻目に、“デフレ飯”を頬張る昼時のサラリーマン。巷ではいま再び、アベノミクス以前のムードが漂い始めている。

 思えば、安倍総理が目指す、デフレ脱却の秘密兵器として“黒田バズーカ”がぶっ放されたのは2013年4月のことだった。

 その威力は抜群で、一時は最大の目標である「物価上昇率2%」の達成も時間の問題と思われた。

 ところが、今年に入った途端、突如として円高に振れるや、あれよという間に株価も大幅な下落に見舞われた。禁じ手のマイナス金利まで持ち出したものの焼け石に水で、現在の物価上昇率は前年比マイナス0・5%という有り様である。

 ついには日銀も、金融政策の転換を余儀なくされた。

 冒頭のリリースと共に、日銀の金融政策決定会合が打ち出した、緩和の見直し案は概ね以下の通り。

 曰く、緩和の軸足を「量から金利」に移しながら、年間80兆円をめどに国債の買い増しを続け、年間6兆円分のETF(上場投資信託)購入も現状を維持する。

 これまでの爆買いと大差ないように聞こえるが、

「実質的には“白旗宣言”に等しい内容です」

 と、エコノミストの中原圭介氏は一刀両断する。

「重要なのは、国債の買い入れ額について年間80兆円に“こだわらない”という方針を示した点です。従来のペースで買い進めた場合、来年末には市場に出回っている国債の半数近くを日銀が保有することになります。すると、いま以上に国債市場が流動性を失い、ちょっとしたきっかけで価格が乱高下してしまう。そうなる前に、しれっと買い入れを減らすつもりなのです」

 要は、これまでの失策を認めるわけにはいかず、“大規模な国債購入はやめる”と明言できないだけなのだ。

 また、国債を高値で買い取ってきたツケも回ってきている。シグマ・キャピタルの田代秀敏チーフエコノミストの解説によれば、

「日銀が保有する国債の取得価格は、総額で約392兆円に上る。その額面価格、つまり償還時に支払われる金額は約371兆円で、すでに20兆円を超える含み損を抱えています」

 加えて、出口戦略にも狂いが生じ始めた。

 日銀を焦らせたのは、今年6月、三菱東京UFJ銀行がプライマリー・ディーラーの資格を国に返上する意向を示したことだった。この資格を持つ金融機関は、入札に関わる情報を優先的に教えてもらえる代わりに、すべての入札で4%以上の国債を引き受ける義務を負う。

「なかでも、最大の引き受け手のひとつが三菱UFJ銀。日銀はいずれ国債を売却しますが、買い手がいなければ暴落の危機を迎える。三菱UFJ銀が強硬策に出たのは、メガバンクが3000億円近い打撃を被るマイナス金利への反発からです。そのため、日銀は今回、マイナス金利の“深掘り”を見送りました」(中原氏)

 結果、弾切れの感が否めない「バズーカ」をあざ笑うかのように、デフレが鎌首をもたげてきたのである。

 だが、円高・株安と並んで“日本の三重苦”と目の敵にされるデフレは、そもそも、そんなに悪いのか。

■「何があっても値上げしない」

 中原氏が続ける。

「日本企業はデフレ下でも安くて良い商品やサービスを提供できるようになった。賃金を下げた反面、雇用を守ったので、アベノミクスが始まる前の2012年も、失業率は4%台前半だった。当時のアメリカは7%、ユーロ圏では10%を超えていたのに比べてかなり低い水準です。デフレ期の日本では所得と物価が両方とも下落したため、国民の生活水準は大きく変わらず、また、格差もさほど拡大しませんでした」

 アメリカはかつて、所得は減るのに物価だけが上がり続けるインフレに悩まされ、貧困層が爆発的に増えた。それよりは日本のデフレのほうがマシというのだ。

「小売業の現場では、もはやデフレ脱却のお題目は見限られつつあります」

 そう明かすのは、全国紙の経済部記者である。

「ユニクロを運営するファーストリテイリングは、アベノミクス景気に乗じて一昨年、昨年と2年連続で秋冬物の値上げを断行しました。ところが、そのせいで客足が一気に遠のいてしまった。今年2月の中間連結決算では、営業利益が前年同期比でマイナス33・8%という大減益を招いたことを発表。その後、大幅な値下げに転じています」

 同じく、低価格路線で名を馳せた家具チェーンのニトリも、一時は高額商品に注力したが、

「似鳥昭雄会長は、6月の決算発表で“今後、何があっても値上げしない”と宣言した。円高で仕入れ価格が安くなるようなら“値下げを行いたい”とも」(同)

 つまり、機を見るに敏な“デフレ時代の勝ち組”企業は、ここにきて値下げに舵を切り始めたわけである。

 ファイナンシャルプランナーの深野康彦氏も、

「日本のGDPにおける輸出依存度は14%程度に過ぎません。つまり、ドイツや韓国のような輸出大国と違い、日本は内需大国なのです」

 そのため、「1ドル=100円台」までの円高であれば、大半の国民にとっては都合がいい、という。

 先の田代氏が続ける。

「高齢化と少子化のダブルパンチを浴びて、総人口も労働人口も減り続けている日本が、世界水準のインフレ率を目指すのは無理がある。円高が進むと、海外に製造拠点を置く企業の商品は安くなり、小麦や肉といった食品の価格も下がってデフレとなります。また、原油価格が下がれば国内の観光地や遊園地にも消費意欲が向くでしょう」

 だが、その一方で、

「現状では、“日銀の金融政策も限界にきているようだし、また不景気になるのなら余分な出費は控えよう”と考える人がほとんどではないか。以前のデフレ以上に、現金を貯蓄に回す傾向は強いと思います」(同)

 これ以上景気が低迷するよりは、細々とデフレを生きるのも悪くない、か。

「特集 日銀『黒田バズーカ』は弾尽きて『デフレはそんなに悪いのか』」より