福原愛、リオで見せた鋭い表情 共に歩んだフィジカルトレーナーが語る(2)

スポーツ2016年8月27日掲載

 専属のフィジカルトレーナー・中野ジェームズ修一さんとタッグを組み、進化を続けてきた女子卓球・福原愛選手。

 前回は二人の出会いから、リオ五輪直前までの福原選手の様子を中野さんに語っていただいた。

 そして満を持して迎えたリオ。「いつもの愛ちゃんじゃない?」と感じた人も多かったのでは? それには、「チーム福原」の一員、中野さんのアドバイスが影響していたという。

 引き続き、中野さんにお話を聞いた。

■リオで見せた鋭い表情

 今回のリオでは、今まで以上に表情が鋭かったですね。
 リオに入る1週間くらい前に、トレーニングセンターで、男子の選手を相手にシミュレーションの試合形式のゲームをしたんです。
 その時に負けた試合と勝った試合を何回か見ていて、そこですごく感じたのは、負けそうになってくると彼女の表情が「負けそう助けて。私は弱いです」という風になるんですよ。

 そこで私がアドバイスしたのは、その表情を見ることで相手は「勝てる」と思ってしまうのだから、相手に自信を持たせるようなことはするな、ということです。
「自分ではそういう顔をしてないつもりかもしれないけれど、そういう顔を見せてることを自分で分かってる?」と強く言ったんです。
 明らかに練習試合で対戦者に勝つときは、常に強い顔をしてるんですよ。強い顔をすると相手も「何か仕掛けてくるんじゃないか」と思って警戒するので、それが有利に働くと思うんです。

 今回のリオでは常に強い表情でした。
 彼女は試合に入るときにルーティーンがあります。それは、試合会場に入ったときに、まず最初に我々チームを探して、目を合わせるんです。
 その後もセットが始まる前と後に、これをやります。6年半見ていると、負ける試合っていうのは会場に入ってくるときから「助けて」という顔をしていました。

 しかし、今回は表情のアドバイスをしたこともあったのか、ものすごい厳しい目で私たちのことを睨みつけてきたんですよ。
 マッサーと金さんと私で、「何か怒らせるようなことしたかな」と疑問に思うくらい(笑)。
 マッサーは「昨日した治療が納得いかなくて睨みつけて怒ってるのかな」と言っていましたね。私も昨日夕飯食べた時に言ったことが悪かったかな、と気にし始めちゃいました。
 それでいざ試合やると、勝つじゃないですか。
 そこで我々も「あれは勝つための表情なのだ」と気づきました
 ただ彼女がすごいのは、アドバイスされたことをきちんと遂行できること。
 同じアドバイスをもらっても、できない選手の方が多いと思います。ましてやオリンピックの舞台で緊張しているなかで、表情のことをきちんと修正できたのは素晴らしいです。

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■福原選手のトレーニング・メニュー

 私がトレーナーになって6年半になるんですけれども、これまで走り込みをしたり、基礎体力を上げたりしてきました。
 また、今回のリオでは、ロンドンのときよりもボールの大きさや素材が変わったんです。
 そうすると、ラリーが長く続くんですよ。ラリーが長く続くようになると、当然体力が必要になってきます。

 愛が苦手としているのは、カットマンといわれるタイプ。カットマン相手だと、どうしてもラリーが長く続くんですね。つまり、体力がないと、後半に集中力が続かなくなりますし、頭の中で戦術を考えることもできなくなります。
 卓球は、「100メートル走をダッシュしながら、チェスをするスポーツ」と言われることがあります。
 走りながら、2手3手4手先を考える。
 自分が打ったボールがどこに返ってくるのかということを、短い時間で予測しなければなりません。
 だからこそ体力が重要です。
 息が上がって体力的に苦しいと、先を読む余裕ができなくなってきて、戦術を考えることができなくなりますから。

 体力向上のトレーニングとして、彼女は基本的な筋力が衰えていたので「卓球に必要」というよりも「アスリートとして最低限必要な」心肺持久力や基本的な筋力を取り戻すことを目標として、ロンドンまで頑張ってきました。

 そして、体力は充実してきたので、ロンドン以降からは、「世界でメダルを狙えるようなレベルになる」ことを目標に、勝つためのトレーニングを積んできました。
もちろん「基礎体力がある」というだけでは話になりませんから。

■卓球に重要な「キネティック・チェーン」とは?

 卓球というスポーツの特殊なトレーニングの話になるのですが、実は強い球が打てる=筋力がある。ということではないんですね。
「筋肉がたくさんあれば強いボールが打てる」と考える人が多いようですが、実はそうではありません。
 強い力が必要とされるのは、たとえばウェイトリフティングや柔道ですね。
 しかし、卓球というのはものすごく軽いボールを打つわけですから、ものすごい筋力が必要なスポーツではない。テニスとかでは、ある程度必要になってきますけれどね。

 では、筋力は大して必要ないにも関わらず、どうして速いボールを打てる選手と打てない選手がいるのか。
 卓球では「さまざまな筋肉をどう一瞬で連動して、動かすことがきるか」が重要で、それができる選手とできない選手がいるからなんです。これを「キネティック・チェーン」(様々な筋肉がどう連動して動くか)と言います。
 たとえば、ボールを打つ瞬間に、ラケットを握る力と、前腕に入れる力と、上腕に入れる力と、肩回り・胸周りと背中回り、体幹、脚の全部の筋肉が、全てタイミングよく動くとき、すごく強い力が出るんですよ。それが、ほんのコンマ数秒ずれてしまうと、力が生まれなくなるんですね。

 愛は、それらの筋肉がばらばらに動きやすいという特徴があったんです。
 そしてそのばらばらになっている中で何とか力を出そうとして頑張るので、やっぱり無理がかかってくるし、体もぶれてきます。そこで、キネティック・チェーンを意識したトレーニングを、ここ4年間課題としてやってきました。

 実はこのようにフィジカルのトレーニングをロジックで考えるのは、日本は世界でもトップレベルと言われています。
 日本のトレーナーは、論理的に計算された、計画性の高いトレーニングメニューを組む特徴があると世界的に評価されていますね。

 では、あの中国代表チームはどういうトレーニングをしているかというと、アメリカ人のフィジカルトレーナーを入れているらしいです。
 中国がすごいのは、専門的なフィジカルトレーナーを入れていないチームでも、キネティック・チェーンができるようなトレーニングメニューを自分たちで考えてやっているんですよね。
 キネティック・チェーンという言葉は使っていないんだけれども、感覚的に「こうやると強くなる」ということをわかっている人たちが中国はすごく多い。
 何千年の歴史がなせることなのか(笑)。やはり中国は懐が深いなあ、と感じます。

■福原選手のケアで気をつけていること

 彼女は、他の選手にないすごく特殊な動きをするので、他の人と同じトレーニングをさせてしまうと、彼女の良さを潰してしまう可能性もある。
 それを潰さないでどう生かしていくのかがすごく難しいです。私も彼女のトレーナーになり始めた頃というのは、なかなかそこが掴み辛くて難しかったんですね。

 メンタル面のケアについては、彼女はメンタルトレーナーと向かいあってカウンセリングしょうとすると、絶対に構えてしまうタイプです。
 本当に心を開いた人にしか、自分の感情や考えを言わないですね。小さい頃から有名人なので、他者に対して一般の人よりも警戒心を持ちやすいというのはあるのでしょうね。 
 私と彼女は性別も違うし、年齢もかなり離れているので、最初の頃は全然うまくコミュニケーションできませんでした。
 その段階で精神的にカウンセリングしようとしても、絶対うまくいかないので、普段会話をしてる時に、「彼女にこういうアドバイスが効きそうだな」とか「今こういう心理状態になってるな」ということを考えます。
 大切なのは、カウンセリングの技法を使っていると思わせないことです。

 彼女と長くいると、彼女なりのルールが見えてきます。
「このタイミングではこの話はしてほしくなくて、逆にこういう話をしてほしい」「今はこういうことを聞いてほしい」「こういう時は何も言わないでほしい」ていうルールがきちんとあります。
 それを我々チームの間では全員が全部分かっていて、嫌がることをしない、1番求めることをする、と言う感じですね。
 試合前になると特にシビアにはなるので、特に注意しますね。

 ***

 ロンドンからリオまで、福原選手が精神的にも肉体的にもタフになっていくのを間近で見守り、サポートもしてきた中野さん。
「(個人)三位決定戦のあとは、落ち込んでるのかな、と思ったのですが、結構清々しい顔をしていました。基本的には食事のときは卓球の話はしない、というのが私たちのルールになっているので、卓球の話もしませんでした。愛は、切り替えがうまくできていて、いつもと同じぐらい明るく、元気でしたね。いつものように、くだらない話をしていました」と言うとおり、うまく気持ちを切り替え、団体戦で見事、快挙を成し遂げたわけだ。
 さて、次のオリンピックはいよいよ東京。
 リオ大会が終わったばかりだが、アスリートの多くはもう4年後に照準を合わせているという。
 ともあれ、少しだけでもゆっくり休んで、と観て楽しませてもらった側としては思うのだが。
 福原愛選手、そして全選手のみなさん、本当にお疲れ様でした!

中野ジェームズ修一
1971年、長野県生まれ。フィジカルトレーナー、フィットネスモチベータ―。米国スポーツ医学会認定 運動生理学士(ACSM/EP-C)。日本では数少ないメンタルとフィジカルの両面を指導できるトレーナー。「理論的かつ結果を出すトレーナー」として、卓球の福原愛選手のみならず、バドミントンの藤井瑞希選手など、多くのアスリートから絶大な支持を得る。クルム伊達公子選手の現役復帰にも貢献した。2014年からは、青山学院大学駅伝チームのフィジカル強化指導も担当。その専門知識と理論を基に、アスリートではない一般の人にもわかりやすく、肉体改造の正しい方法を記した新刊『全身改造メソッド カラダは何歳からでも変えられる』(新潮社)が好評。

デイリー新潮編集部