人妻を妊娠させてしまった、示談に80万円が必要…複雑化するオレオレ詐欺 中高年詐欺の最新手口(3)

ライフ

  • ブックマーク

Advertisement

オレオレ詐欺の被害者は、60歳以上が98%。70代、80代が各々40%以上

 井上理津子氏による本稿では、これまで仮想通貨の売買話や年金情報の流出を謳っての詐欺のケース、そして「劇場型」の手口の増加を取り上げてきた。日々刻々と進化する詐欺には、“定番”のやり口にも変化が――。

 ***

 一方、親心につけ込もうとする「オレオレ詐欺」も複雑化してきた。

「オレ」が「1000万円の会社の小切手と携帯を入れたカバンを落とした」と「上司の携帯」からかけてくる。次に「警察官」や「遺失物保管センター」からの電話で、「息子さんの落としたカバンを預かっている」と伝える。

 再び「オレ」が、「小切手が今日の契約に必要だが、事故扱いにしてしまった。上司が700万円用立ててくれたが、あと300万円必要。立て替えて」と持ちかけ、「急な会議が入ったから、同僚を家に行かせるので渡して」。

 あるいは「人妻とつきあっていて、妊娠させてしまった」。「ご主人にばれ、弁護士が入ってトラブっている」というストーリーで、「示談にするために、あと80万円必要なんだ」と泣きつく。「お母さん、いくらなら出せる?」と聞いてくることもある。

 声が違うと感じても「風邪気味で、今病院にいる」。背後で病院らしきアナウンスが流れる。綿密なシナリオが用意されているのだ。

■特殊詐欺の5分類

 東京都三鷹市の木村恵子さん(70)=仮名=は、同居する42歳の息子が「千葉にゴーカートに行く」と出ていった日曜日に、「携帯と財布を落とした」と電話がかかり、「ズボンの後ろポケットに入れてたの? ダメでしょ」と応じた。同居していても、ひっかかる。

 警視庁広報課によると、こういった詐欺を「特殊詐欺」と呼び、以下の種類に類型化されるという。

・オレオレ詐欺/前述のように、息子や孫になりすます詐欺(「ワタシワタシ」と娘を装う詐欺も出てきている)。

・架空請求詐欺/主にメールで、アダルトサイトなど有料サイトの利用料、延滞料といった架空の事実を口実に金を請求する。

・融資保証金詐欺/ダイレクトメール、ファックス、電話などで融資を誘い、申し込んだ人に、保証金名目の金を請求する。

・還付金等詐欺/自治体、税務署、年金事務所などの職員を名乗り、医療費や税金等の還付手続きがあるかのように装って騙し取る。

・その他の詐欺/金融商品等取引、ギャンブル必勝法情報提供、異性との交際あっせん名目など。

 被害の届け出件数は、昨年、全国で1万3824件。被害額は482億円。届出件数の37%が1都3県(東京都、埼玉県、神奈川県、千葉県)で、最多の東京都は1879件、被害額67億3000万円(全国の14・1%)にのぼっている。

 被害者の88%が60歳以上で、女性75%、男性25%。オレオレ詐欺に限ると、60歳以上が98%。70代、80代が各々40%以上だが、60代も9%。「私は大丈夫」と思っているはずの人も被害にあっているのだ。

■“赤子の手をひねるようなもの”

 千代田区神保町の出版社に勤める水野孝さん(58)=仮名=は、昨夏、ランチ帰りに会社近くの路上で「失礼ですが、競馬にご興味はおありですか」とスーツ姿の中年男に声をかけられた。

「実は、本日開催中の競馬で大穴が出ます。特別な情報網があり、知っているのです。次のレースまで45分です」。札束を見せられ、お茶を飲もうと誘われた。

 話を聞くだけならいいかと喫茶店に2人で入ると、40代くらいの美しい女性が近づいてきて、中年男に「さっきは勝たせてもらって、ありがとう。次もお願いしたいの」。3万円が30万円になったと言った。

 水野さんは3万円を男に預けた。「ここで待っていてください」と出ていった男は、戻って来なかった。「犯人にとっては、赤子の手をひねるようなものだったのでしょう」と水野さんは述懐する。

 特殊詐欺に話を戻す。詐欺被害を未然に防ぐ方法を警視庁広報課に聞いた。

「自宅の電話に、自動録音機を設置しておくのが最も有効です」

 自動録音機は、着信するや否や「この電話は自動的に録音されます」と音声が流れるもの。都内では各自治体で配布しているほか、家電店などでも6000円程度で売っている。

「大切な話は電話でしない。やむを得ない場合は、ペットの名前など“合い言葉”を言ってから話す。そんなルールを家族で決めておくことです」(同)

「私は騙されない」「ウチの親は大丈夫」との過信は禁物。詐欺被害は、もはや対岸の火事でなくなっている。

「特別読物 こうして『あなた』はハメられる! 中高年がターゲット! 詐欺の最新手口集――井上理津子(ノンフィクションライター)」より

井上理津子(いのうえ・りつこ)
1955年奈良市生まれ。京都女子大学短期大学部卒。タウン誌記者を経てフリーに。人物ルポや旅、酒場をテーマに執筆。著書に『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師たち』『親を送る』『旅情酒場をゆく』などがある。

週刊新潮 2016年7月7日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。