「あなたの年金情報が流出しています」――物語のように進行する“劇場型”が増加 こうして「あなた」はハメられる! 中高年詐欺の最新手口(2)

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近頃の詐欺は、多人数が関係者として登場し、物語のように進行する「劇場型」

 ノンフィクションライターの井上理津子氏が、日々進化する詐欺の手口に迫る。前回取上げたのは、“Rコイン”なる仮想通貨に老後資金をつぎ込んだ挙げ句、1300万円をだまし取られた明石さん(85)のケース。今回紹介するのは、年金への不安につけ込んだ手口と、詐欺グループの現状について――。

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「あっという間に20万円取られてしまいました。狐につままれたようです」と落胆するのは、東京都中野区の主婦、吉田智子さん(61)=仮名=だ。

「年金管理機構の者ですが」と女性の声で電話がかかってきたのは、3月7日の午前10時前だった。「吉田智子さんですね」とフルネームを確認されたので、公的機関だと信じた。

「あなたの年金情報が流出しています。放置しておくと、受給される年金が目減りするので、解決を望むなら、対応が必要です」と言われ、動転した。

「えっ、私の分だけですか。主人のもですか」と問いかけたとき、電話が切れていた。通販を申し込む際にも途中で切れたことがあったため、たまたま切れたのだろうと思った。

 着信履歴から電話を折り返す前に、自分の年金手帳を確認しようとした。だが、保管しているはずの箪笥の引き出しの中に、あろうことか見当たらない。

「後でよく考えたら、先日置き場所を変えていただけなのに。年金手帳が消えた、と頭が真っ白になってしまったんです」

 そうこうするうちに、再び電話が鳴った。今度は「年金問題紛争解決センターのキノシタ」という若い声の男からで、「あなたの年金情報に、誰かがアクセスした可能性があります」と淡々と言われた。

「それはさっき聞いたんですが、私の分だけですか、主人の分もですか」

 まっ先に、そう尋ねる。「確認しますので少々お待ちください」。「調査課係長のウノ」が電話口に出てきた。

「今回の漏洩は第3号被保険者の情報ですから、吉田智子さんのものだけです。ご主人は第2号、妻であるあなたは第3号であることはご存知ですね?」

「ウノ」の物言いは慇懃無礼で不快だったが、我慢し、「どうすればいいんでしょうか」とすがると、「では、キノシタに代わります」。

「一刻も早く抹消手続きをしないと大変なことになります。私共、年金問題紛争解決センターは抹消手続きを代行できますが、どうされますか」とキノシタ。

 吉田さんは「お願いします」と即答した。

「では、最初に20万円かかりますがご了承いただけますか」

■“誠実そうな青年”に現金

 まず夫に連絡をしなければと思い、そう言ったが、「ご主人に連絡されるのは結構ですが、その間にも刻々と情報の漏洩が進みますよ。それでいいんですね?」とキノシタ。吉田さんが「20万円で解決できるなら、急がなくっちゃ」と思うようになるまで時間はかからなかった。

「今から会社を出て、◯◯駅に伺います。私は30歳。濃紺のスーツを着て、手に茶封筒を持って、みどりの窓口の前にいます」と、キノシタは続けた。

 11時に、最寄駅で20万円を手渡しすることになった。吉田さんは、心の中に少しだけ巣くっていた「本当?」の疑念を「顔を合わせる詐欺なんてあり得ない」と打ち消した。駅へ急ぐ途中、夫の携帯に電話したがつながらず、携帯メールを打つ余裕はなかった。

「キノシタさんは誠実そうな青年でした。『お世話になります』って私が頭を下げてお金を渡したんだから、馬鹿ですよね。名刺も、収入印紙を貼り印鑑を押した領収書も受け取りました」

 騙されたと吉田さんが気づくのは、自宅に戻り、パソコンで「年金問題紛争解決センター」をネット検索した後だ。その名の事業所は1件もヒットしなかったのである。

■海外の不動産、リゾート会員権、老人ホームの利用権……

「近頃の詐欺は、多人数が関係者として登場し、物語のように進行する『劇場型』の類型が圧倒的に増えているうえ、手口がどんどん大胆になってきています」

 と、金融商品取引や詐欺商法等を専門とする弁護士、荒井哲朗さんは指摘する。

 前回の明石さんへの犯行には少なくとも4人、吉田さんには3人が関わり、どちらも金の受け取りに堂々と姿を現わした。

 非上場株式を上場間際と騙して高額で売りつける金融詐欺をしてきた者らと、振り込め詐欺を行ってきた者らが合体して詐欺グループが形成されたと荒井さんは見る。20年ほど前の名簿が出回っているのだ。

 彼らが売りつけようとするモノには、以前は株券が多かったが、今は社債、社員権、イラクディナールなど日本でほとんど流通しない通貨、海外の不動産、リゾート会員権、老人ホームの利用権、水源地の持ち分(らしいモノ)、医療機関債など多様だという。

■犯人に小遣いを渡した例も

 現金の受け取りに姿を現わすのは、「振り込め詐欺」が周知され、やりづらくなったからばかりでなく「あといくら取れるか」とリサーチできるからでもある。

 対面して、被害者は心を許す。「被害者と一緒に芋掘りをした犯人が、ピースサインをして写真に収まった」例も、被害額とは別に「ジュースでも買って」と犯人に小遣いを渡した例もあるそうだ。

「彼らは、100万円しか持っていない人からは100万円、1億円持っている人からは1億円取ろうとします。『家を抵当に入れて、一時的にお金を借りてください』と不動産まで取ってしまうケースも出てきている。整合性がとれないことを投げかけていると相手に気づかせないよう、巧みに応酬話法で迫るんです」(荒井さん)

 電話で話すうちに相手の性格を見抜く。金への欲が強いなら儲かると煽り、「お願い」に弱いなら「人助けしてくださいよ」と低姿勢で頼む。「お金はいらない」と言う人に「いらないはずないだろ」、途中で止めたいと言う人に「あなたの意向に沿って進めてきたのに。今さらどうしてくれる」と恫喝し、有無を言わせなくするケースまであるそうだ。

「国立大学を出ていても、社会経験が豊かでも、騙されるときは騙される」と荒井さんは言う。犯人のほうが一枚上手なのである。

「特別読物 こうして『あなた』はハメられる! 中高年がターゲット! 詐欺の最新手口集――井上理津子(ノンフィクションライター)」より

井上理津子(いのうえ・りつこ)
1955年奈良市生まれ。京都女子大学短期大学部卒。タウン誌記者を経てフリーに。人物ルポや旅、酒場をテーマに執筆。著書に『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師たち』『親を送る』『旅情酒場をゆく』などがある。

週刊新潮 2016年7月7日号掲載

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