ポケモンGO、日本での死者も時間の問題…配信会社の責任は問えない
一つのゲームに世界中がこれほど沸くのが稀なら、こうもトラブルを誘発するのも稀だろう。スマホ向けゲーム「ポケモンGO」に夢中なあまりの事故やトラブルが続出しているが、死者が出るのも時間の問題とあっては、考えるべきは転ばぬ先のたしなみ方だろう。
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AR(拡張現実)という先端技術で、いかにも現実のなかにいるかのように見せている
ゲーム依存症は引きこもりに直結するものだったはずだが、海外の例を引き、
「精神科医が対処できなかったオタク、自宅引きこもりが全部外に出てポケモンをするようになった」
と発言したのは麻生太郎財務相。そうであるなら7月22日、日本でも配信されはじめたポケモンGOは、社会問題の解決に一役買うかもしれない。
ITジャーナリストの井上トシユキ氏も言う。
「実際、知らない人同士でもコミュニケーションが取れる。名古屋の鶴舞(つるま)公園には、7月24日だけで1万3000人集まったそうですが、“レアなポケモンいましたか”“何種類捕まえましたか”という会話を通じ、仲良くなれるのです」
ところで、ポケモンとはゲーム「ポケットモンスター」に登場する架空の生き物。「GO」ではそれが現実の風景の中にいて、スマホのGPS(全地球測位システム)を使って地図を見ながら捕まえるのだ。もちろん本当にポケモンがいるのではなく、AR(拡張現実)という先端技術で、いかにも現実のなかにいるかのように見せているのだが。
とまれ、やってみると、
「投影されたモンスターが現実の場にいるみたい。仮想空間が実際に歩いたりしている現実と連動する、今までにないゲームです」
そう話すのは国立情報学研究所教授で、同社会共有知研究センター長の新井紀子さん。ほかにも利点を挙げてこう続ける。
「モンスターという仮想現実を、他の人と共有できるところにも新しさを感じます。親子でモンスターを探しに外出するなど、新しいコミュニケーションの形が生まれているのも、マクドナルドが集客を期待して提携したように、新たな経済活動につながるのも、良い点だと思います」
ポケモンGOによる経済効果を指す「ポケモノミクス」なる語まで、すでに誕生しているようで、
「実は、ポケモノミクスはアベノミクスよりもずっと、地方創生に効果があると考えられています。“レアなポケモンが出た”という情報だけで、深夜の公園に人が殺到するのですから、閑古鳥が鳴く温泉地などには、絶大な集客ツールとなり得る。日本でしか出現しないポケモンを捕まえに来日する外国人まで現れはじめているんです」(危機管理コンサルタントの田中辰巳氏)
公園で「ポケモンGO」をプレイする人々
だが、その一方で、夢中になる余りのトラブルも相次いでいるのは、ご存じの通り。海外では銃殺される人まで現れたが、日本でも高速道路に歩いて侵入する人から、車を運転しながらポケモンGOに興じて玉突き事故を起こす人まで現れ、前出の井上氏もこう言う。
「私の友人も歩道を歩きながらプレーしていたところ、ひったくりに、肩にかけていたバッグを強く引っ張られ、危うく車道に転びそうになったんです」
早速にして、続々のトラブルに対し、ポケモンGOの構造上の問題を指摘するのは、新井教授である。
「現れるモンスターの種類、その場所や時間が不定期であることも、人気を下支えしていますが、モンスターの出現方法が、危険性につながる土壌になっていることは否めません」
ちなみにポケモンGOは、任天堂と関連会社ポケモン、グーグルから独立した米ナイアンティックの共同プロジェクトだが、ポケモンの伊藤憲二郎専務も、
「線路や道路上のほか危険だと思われる場所には、ポケモンが出現しない設定にしていますが、当初の想定とは異なる場所に現れているのも事実なので、申請があれば削除していきたい」
すると、危険な場所に導かれることもあり得るわけか。新井教授が言う。
「たいていの駅は“ポケストップ”という場所になっていて、ポケモンをゲットしやすい。だから線路上にポケモンが出るかもしれず、それがレアなポケモンなら、子供が捕ろうとして転落することだって考えられます。道路上に出現することもあり得ます。しかし、危険な場所にポケモンが出ないようにするデータと技術が配信会社にありません。そういう場所を避ける方法が、まだ確立されていないのが問題です」
“ポケストップ”でモンスターボールのほか、さまざまな道具が手に入る。駅以外では、名所やモニュメントなどが“ポケストップ”であることが多い
それについて、前出の田中氏はこうである。
「ポケモンGOのプレー中に起こった事故は自己責任でしょうが、明らかに危険な場所にポケモンが出現し、それについて何も手を打っていないとすれば、企業に不作為があったと判断される可能性もあります」
■「防ぎようがありません」
また、知らない人同士がコミュニケーションを取れるというが、見方を変えれば、関係ない人が巻き込まれることにもなる。再び新井教授の話。
「たとえば、珍しいポケモンの出没スポットが私有地だったとして、所有者が知らない間に多くの人が集まり、ゲームに関係ない人の穏やかな生活が乱されてしまう。しかし、今の日本の法律では何の規制もできません。仮想現実の中では個人の所有権が問えないからです。ここにポケモンを出すなと配信会社にお願いはできても、判断は会社の自由裁量。これでは社会問題が起きてしまいます」
だが、危険な場所や私有地に立ち入らなくても、危険を誘発するのがこのゲームの怖さだろう。一例が歩きスマホである。
「歩きスマホの危険性を説明するうえで、“インアテンショナル・ブラインドネス”という現象があります。これは、ある一点に注意を集中しすぎると、たとえ視野に入っていても見逃してしまうことを指します」
と言うのは、首都大学東京人間健康科学研究科の樋口貴広教授である。
「何かに集中しすぎると、他のことを監視する機能が相対的に弱くなります。歩きスマホをする人は、前方に危険があると認識していないことが多く、これでは自分の身の危険を察知できません。車道にはみ出したり、線路に侵入したりしかねず、他人に危害を加える危険性にも気づきません」
そういう人に遭遇したら、どうしたらいいのか。
「歩きスマホをする人は、前方に危険がないと思い込んで直進してくるので、横に一歩ずれることで身を守れます。しかし、車やバイクを運転中の人に対しては、防ぎようがありません」(同)
しかも、事故が起きても配信会社の責任は問えないとか。新井教授によれば、
「利用者はポケモンGOを始める際、事故があってもゲーム会社は責任を負わないという規約に合意させられる。また“抵触法を考慮することなく、カリフォルニア州法に準拠する”とあり、訴訟しにくくなっている。配信会社が巧妙に危機管理しているのです」
現状では自己責任で自分を、身内を、事故から守るほかないようなのだ。
「わが子を危険にさらさないためには、親がついて監視すること。最悪、線路や道路に飛び出しての死亡事故の可能性も否定できないので、しっかり子供を見るしかありません」(同)
だが、ポケモンGOに無関心でも、事故と無縁でいられるとはかぎらない。
「歩きスマホが危険なのは、人の物を盗んではいけないのと同じくらい当たり前のこと。それがわからない人が、駅のホームから転落しても自業自得ですが、巻き込まれてしまう可能性があるのが問題です」
と、評論家の大宅映子さんも懸念を隠さないが、では、どうすればいいか。
「スマホもポケモンGOも、新しい機器が普及するのは、誰にも止められない。だから、存在自体を取り締まるのではなく、どう付き合っていくか、社会的方策を考えるべきです」
評論家の呉智英氏は、そう言ってから提言する。
「車や自転車を運転しながらゲームをして事故が起きている以上、道路交通法をもっと厳格に適用すべきです。しかし歩きスマホとなると歩行者には免許がない。お喋りに夢中で人とぶつかる場合との整合性は取れるか。それでも事故が起きている以上、規制は必要です。混雑する駅で通行人に呼びかけるような注意喚起を強化し、無視されたら強制措置もとるべきでしょう」
たかがゲームも、のめり込めば“不作為のテロリスト”になりうるのだから。
「特集 このままだと死者が出るという『ポケモンGO』のたしなみ方」より