死刑確定ならば元少年でも実名報道? 朝日新聞、NHKの矛盾

国内 社会 週刊新潮 2016年6月30日号掲載

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 実に奇妙な現象と言えるのである。これまで「少年法」を錦の御旗に、本誌(「週刊新潮」)はじめその不備に挑む媒体を批判してきた大新聞。しかし、他方では「死刑確定」を理由に、自ら堂々「少年法」の壁を乗り越えているのだ。彼らが主張する「実名報道の論理」とその矛盾。

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 一度は消された“その名”が亡霊のように甦ったのは、皮肉にも少年に死が宣告された“その日”のことであった。

 6月16日、被告の上告が最高裁で棄却された「石巻3人殺傷事件」。これによって「死刑囚」となった「元少年」(24)を、毎日、東京を除いた主要新聞(読売、朝日、産経、日経)や主要テレビ局(NHK、民放キー局)は、これまでの「匿名」から一斉に「実名」扱いへと切り替えたのである。

 もちろん、実名報道を否定するつもりはない。本誌でも昨年の川崎中1殺害事件をはじめ、その都度、事件の重大性などに鑑みて、必要があると判断した場合は、少年法61条の規定にかかわらず、実名を報じてきたのは周知の通りだ。

 問題は、今回、各媒体がこぞって横並びで同じ対応をする論理は何か。それは果たして妥当なものなのか――ということ。

 それを検討する前に、まず事件を振り返っておこう。

■元交際相手を拉致

 判決翌日、17日付の朝日新聞の記事によれば、

〈被告は2010年2月10日朝、元交際相手を連れ出そうとして、宮城県石巻市内にある実家に押し入り、居合わせた(元交際相手の)姉と知人を刃渡り約18センチの牛刀で刺して殺害。さらに、その場にいた姉の知人男性を刺して重傷を負わせたうえ、元交際相手を車に乗せて連れ去った〉

 これだけでもその残忍さは伝わるけれど、

「酷い事件でした」

 とそのウラを語るのは、当時の捜査関係者である。

「この時、元少年は18歳。元の交際相手との間に4カ月の娘がいました。しかし、DVを繰り返し、事件5日前もダンベルで殴ったり、タバコの火を押し付けたりした。彼女が別れようと決め、娘を連れて実家へ逃げると、彼は連れ戻そうと、連日ストーカーのように家へ押しかけたのです」

 そして“その日”。早朝、元少年は凶器となった牛刀を手に“パシリ”の後輩を連れて家へ押し入った。

「その時、元交際相手の部屋にいたのは、本人と娘、そして姉とガード役として呼んだ友人、姉の彼氏でした。元少年は彼女を連れ去ろうと試み、それに抵抗する3人を一片も躊躇することなく刺した。血の海の中で、友人と姉は亡くなったのです」

■同情の余地なき犯行

 こうして彼女を拉致した元少年だが、ほどなく逮捕。その後の公判ではその“異常性”が明るみにでた。

「犯行前から後輩に罪をなすりつけようと、牛刀に彼の指紋を付けさせ、また、返り血対策として、後輩のジャンパーを着て犯行に及んでいました」

 犯行に同情の余地はなく、1審判決では死刑が下された。すると、これまでと変わって、死刑回避を熱望する10名超の弁護団が付き、彼は控訴を決めたのである。

「2審では、精神鑑定書を出したり、後輩を出廷させ、証言を翻させようとしたりと、弁護側は“計画性はなく、衝動的な犯行だった”と立証しようとしました。しかし、そうした行為が逆に遺族感情を損なってしまった。また、被告自身、“1審判決を受け入れたい”と言ったかと思えば、“生きて償いたい”と主張が変遷する。これらも判決に少なからず影響しました」

 かくして2審でも判決は覆らず。そして冒頭のように、最高裁でも判断は変わらなかった。犯行時少年だった被告に死刑が確定するのは平成に入って5例目。しかし、それだけ稀な判決が出たのも頷ける大要である。

■ベルトコンベアと一緒…

 この元少年について、死刑確定を機に、ほとんどの媒体が匿名から実名報道に転じたことは述べた通り。

 話を主要新聞に絞れば、6月17日付の紙面で、各紙は〈おことわり〉なる説明を行っている。

 読売のそれを引くと、

〈死刑が確定すれば、更生(社会復帰)の機会はなくなる一方、国家が人の命を奪う死刑の対象が誰なのかは重大な社会的関心事となります。このため被告を実名で報道します〉

 文言こそ違え、他紙も、内容的にはほとんど同じ。

 つまり、

①少年法の趣旨は社会復帰を前提とした更生にある。死刑囚にはその機会がないから、実名を報じるべき。

②国家によって生命を奪われる刑の対象者は実名で報じられるべき。

 と主張しているワケだ。

 これを評して、

「びっくりするような理由ですよね」

 と述べるのは、作家の高山文彦氏。

 高山氏はかつて、堺市で19歳のシンナー少年が起こした通り魔殺人を取材。「新潮45」誌で実名を報じ、少年からプライバシー権侵害で訴えられたものの、勝訴した経験を持つ。

「実名報道をすること自体に問題はないと思います。ただ、彼の生い立ちや成育歴を調べ上げ、その上で事件の重大性を考慮し、実名を出すのなら意味はある。しかし、死刑が確定したから実名を出すというのは、報道ではなく、ベルトコンベアを流れるモノを右から左へ動かしているのとまったく一緒ですよ。事件そのもの、犯人そのものを見て判断するという視点がまったく欠けているのです」

■思考停止

 上智大学文学部新聞学科の田島泰彦教授も言うのだ。

「メディアの本来のあり方から言えば、死刑が確定するかしないかといったことは、実名報道とは関係ない。その犯罪が重要で、実名を知らせるべきと思えば、報じれば良いのだと思います。死刑判決があったからとか、更生可能性がなくなったからというだけで画然と実名にするというのは、あまりに機械的な理由で、思考停止と言わざるをえません」

 そもそも、元少年の行ったことに鑑みれば、もはや「氏名と更生」というレベルを遥かに超えているのは明らか。犯した罪の重さに比してみれば、今さら社会復帰の可否を論じること自体、滑稽な議論と言える。

「特集 スジを通したのは『毎日新聞』『東京新聞』……死刑確定だと元少年を実名報道する大新聞」より