街中に潜む家賃が割安なエリア「家賃断層」が地域再生の起点となる

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■地域再生の成功学(3)

 北九州市の中心地・小倉地区。経済停滞で空きビルが目立ち閑散としていた魚町周辺エリアが、にわかに活気を取り戻している。ここ数年、歩行者通行量が増え続け、従業者数や新規起業者数も急増中なのだという。

 なぜ人口減少と経済衰退が続く北九州市で、商業地区の再生が実現したのか?

『里山資本主義』の著者で、地域再生の専門家の藻谷浩介さんが注目するのは、「小倉家守プロジェクト」を手掛ける都市再生プロデューサー清水義次さんが提唱する「家賃断層」という概念だ。

 2人は7月11日(月)19時から、新宿・紀伊國屋ホールでトークイベント「地域再生とまちづくりのコツ」を開催するが、それに先立ち藻谷さんの近著『和の国富論』(新潮社刊)に収録された2人の対談から、一部を再構成してお伝えしよう。

■「家賃断層」とは何か

藻谷 北九州市小倉の家守プロジェクトも、注目を集めていますね。清水さんのご著書『リノベーションまちづくり』(学芸出版社)に載っている「家賃断層マップ」を見た瞬間、「やられた!」と思いました。全国の街中を歩きながら、「この道の先から急に空き店舗が多くなって人通りがなくなる」と漠然と感じていたことを、数字で明確に示しておられる。

2005年に作成した小倉魚町周辺の「家賃断層マップ」/清水義次氏提供(九州工業大学他の調査より)

清水 一続きの街並みの中で突然家賃が割安になっているエリアが、現代版家守の狙い目となります。しかも、せいぜい半径200メートルぐらいのスモールエリアを狙う。よく地方都市の活性化プランで何百ヘクタールもエリア設定しているものがありますが、それではリアリティのあるまちづくりは出来ません。

 小倉の場合、メインストリートの魚町銀天街の一本裏通りにある魚町サンロード商店街に家賃断層があり、いわゆる「駅前好立地」に比べ家賃が半額になっていました。そこで、リーディングプロジェクトとして、十数年使われていなかった2階建ての建物を「メルカート三番街」という店舗施設にリノベーションしました。照明デザイナーのオフィス兼ショールームや、昭和の食器を集めたレトロな食堂、地元クリエイターによるアクセサリーや雑貨のセレクトショップなどを入れて、若い人を商店街に呼び込んだのです。

■なぜ「消費」だけでなく「生産」が必要なのか

藻谷浩介さん(左)、清水義次さん(右)

藻谷 その通り!と膝を打ったのは、「街を“消費”だけの場ではなく、“生産”もする場に変えていく」というお話です。

清水 最初は「自分でものをつくる人なんて、この街にはほとんどいない」と言われました。ところが、「メルカート三番街」が出来たら、「自分もものづくりをやってみたい」という人がウジャウジャ出てきた。そこで、今度は魚町銀天街の空き店舗の2階フロアを借りて「ポポラート三番街」をオープンしました。

藻谷 実は、郊外の自宅の中で1人でこっそり手芸とかものづくりに勤しんでいる人がたくさんいたわけですね。

清水 ただ、そういう1人1人が自立して店をやっていくのは、やっぱり大変です。だから家守の人たちが、「周りに声をかけて5人ぐらい集めなさい」とアドバイスするんです。5人いれば家賃が分担できるし、運営も各家庭の事情に合わせて遣り繰りできるようになるから、断然ラクになる。今「ポポラート三番街」では70人ぐらいの人たちが集まって、ものを作ったり売ったりしています。

藻谷 それぞれが自宅で作業をして、ネットでつながればいいじゃんという人がいるかもしれませんが、やっぱりオンサイトで集まる方が、クリエイティブな相乗効果が生まれやすいわけですね。

清水 それはもう集まってやった方が、どんどん生産性が良くなるし、セールスにもつながっていきますから。しかも、人が集まることによって、街が変わっていきます。魚町では近所に子供を預かる場所が出来た。本当は来街者のニーズを狙って作ったようですが、実際にはメルカートやポポラートで働く女性たちが子供を預けるようになった。さらには、どうせなら近くに引っ越したいという人も出てきて、近くにある空き物件の長屋や古いマンションをリノベーションして住もうという動きが生まれた。

藻谷 シェアハウスも出来たそうですね。赤の他人の若者同士がリビングなんかを共用して一緒に住むシェアハウス。まだ見たことがない人は、なかなか具体的なイメージがつかめないようですね。

清水 そうなんですよ。田舎だと、必ず「男女が一緒に住んで大丈夫なのか」と驚かれます。「いや、今の若い男子は昔と全然違うんですよ」と説明しても、なかなかわからない。この前、NHKの方が小倉に取材に来て、「へぇ、シェアハウスってこんな雰囲気なんだ」って感動していました。

藻谷 小倉家守プロジェクトが始まってまだ4~5年ですが、ずいぶん街の雰囲気が変わったようですね。

清水 おかげさまで400名を超える雇用が生まれ、通行量も3年連続で増えています。確実に街が変わりつつある手応えがあります。

(地域再生の成功学(4)へつづく
[→]https://www.dailyshincho.jp/article/2016/06300600/?all=1

 7月11日(月)19時から、新宿・紀伊国屋ホールで、二人によるトークイベント「地域再生とまちづくりのコツ」が開催される。

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藻谷浩介×清水義次 トークイベント「地域再生とまちづくりのコツ」
2016年7月11日(月)19時開演(18時30分開場)
会場 新宿・紀伊國屋ホール(紀伊國屋書店新宿本店4階)
https://www.kinokuniya.co.jp/c/label/20160608114337.html

藻谷浩介
(株)日本総合研究所調査部主席研究員
1964年、山口県生まれ。東京大学法学部卒。日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)、米国コロンビア大学ビジネススクール留学等を経て、現職。地域振興について研究・著作・講演を行う。主な著書・共著に、『デフレの正体』、『里山資本主義』、『藻谷浩介対話集 しなやかな日本列島のつくりかた』、『和の国富論』、『藻谷浩介さん、経済成長がなければ僕たちは幸せになれないのでしょうか?』など。

清水義次
(株)アフタヌーンソサエティ代表取締役
1949年、山梨県生まれ。東京大学工学部都市工学科卒。1992年株式会社アフタヌーンソサエティを設立し、主に建築や都市・地域再生のプロデュースに携わっている。現在、公民連携事業機構代表理事、3331 Arts Chiyoda代表も兼任。著書に『リノベーションまちづくり 不動産事業でまちを再生する方法』がある。

2016年6月29日掲載

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