公立高校から海外大学へ進学した2人のケース “ただの「秀才」ではNG” めざせ「米英名門大学」奮闘記(2)

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“日本の最高学府”東大も、「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」世界大学ランキングでは43位(2015年度)と、世界には東大よりも「良い」大学は多い。教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏が、そうした米英の名門大学に入学した人々を取材し、彼らの努力のほどを紹介する。第1回では、灘中学・高校出身で、現在はハーバード大学に在籍する高島崚輔さんの例を取り上げた。

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ロンドン大学

 高島さんの場合、日本有数の進学校の生徒だったが、公立高校から進学したケースも見てみよう。

 後藤悠香(はるか)さんは大阪府立千里高校国際文化科出身の「純ジャパ(帰国子女ではない純粋ジャパニーズの略)」。現在、キングスカレッジロンドンの「ファウンデーションプログラム(大学予科のようなもの)」に在籍中だ。イギリスの大学は原則として、日本の高校の卒業資格だけでは直接の入学が認められず、1年間の「ファウンデーションプログラム」参加が課されるのだ。

「高校在学中に、ライオンズクラブが主催するフィンランドへの短期留学に参加させてもらったり、公文の交換留学制度でスイスの公文学園に行かせてもらったりはしましたが、海外に住んだ経験はありません。イギリスの大学の場合、どうせファウンデーションプログラムで1年をかけて英語力を引き上げるので、入学時点での英語力は、それほどの完成度を求められていないように思います」

■米英、入試作法の違い

 後藤さんは高校受験時も含め、塾には通ったことがない。海外大学受験の際も、学校のネイティブ教師や海外大学に在籍している友人から、エッセイライティングの指導を受けるなどしたほかは、ほぼ独学で臨んだ。前述の短期留学もほぼ自己負担なし。親孝行である。

「高2の夏に海外の大学に行きたいと思うようになりました。最初はアメリカの大学を目指していましたが、途中でイギリスに変えました。高3で野村総研の小論文コンテストに入賞し、そこで企業の方から直接お話を聞く中で、CSR(企業の社会的責任)に興味をもち、いろいろ調べるうちに、イギリスがCSR発祥の地だと知ったからです。しかし、そこからが大変でした。アメリカでは自分自身を表現するためのエッセイが求められる一方、イギリスでは志望動機を説明するためのエッセイが求められるというように、入試の作法がまったく違ったのです」

 奨学金制度も違いが大きい。アメリカのトップ大学は、保護者の世帯年収に応じて学費や生活費を補助してくれる場合が多い。たとえばハーバードは、2016~17年度の年間授業料は4万3280ドル(約483万円)。教材費や生活費も含めると年間7万ドル(約782万円)前後かかるといわれるが、世帯年収6万5000ドル(約726万円)以下の学生はそれらが完全無償。約6割の学生が世帯年収に応じた奨学金を得ることで、自己負担額は平均で年間約1万2000ドル(約134万円)に抑えられている。返還の義務もない。大学が用意する奨学金が充実しているのだ。一方、イギリスでは、大学からの奨学金を受けられる可能性は極めて低い。後藤さんは江副記念財団から奨学金を得ている。

■ハーバードからジュリアード音楽院へ

ハーバード大学

 廣津留(ひろつる)すみれさんは大分県のトップ校、県立大分上野丘高校出身。まもなくハーバードを卒業する。

「最初は応用数学を専攻しましたが、ちょっと違うなと思い、3年生の途中で社会学に変えました。しかしそれも違うと感じて、音楽を専攻しました。副専攻はグローバルヘルスです」

 アメリカのトップ大学の多くでは、1年時に専攻を特定しない。そもそも「学部」という概念がなく、「専攻」は2年生以降、学生が自由に選び、「宣言」する。専攻として認められるための必要単位はあるが、廣津留さんのように途中で変更することも自由なのだ。

「途中で専攻を変えて負担も大きかったですが、いろいろなことを学べて満足しています。またアメリカのトップ大学では、多くの学生が課外活動に時間を費やしています。私は2年生と3年生のとき、学内のオペラのプロデューサーを務め、オーケストラのコンサートマスターもやりました。大勢のハーバードの学生をまとめなければならず、『説得力あるリーダーシップ』の重要性を学びました」

 卒業後はどうするのか。

「ニューヨークのジュリアード音楽院に進学予定です。それにはオーディションに合格しなければならず、大学の勉強をしながら、オーディションのための練習にも時間をかける必要があり、大忙しの4年間でした」

 ジュリアードは世界最高峰の音楽大学だ。母親が英語塾を開いており、4歳で英検3級、高校で1級を取った。幼いころからバイオリンも習い、腕前は高校生の時点で世界レベルであったことを付け加えておく。

■最先端の科学も芸術も

イェール大学

 ハーバードともなると、お勉強だけできる秀才ではダメ。最先端の科学を専攻しながら、芸術にも才能を発揮する学生が多い。

 1995年に千葉県の渋谷教育学園幕張高校を卒業後、アメリカのイェール大学に進学した経歴をもつ落語家の立川志の春さんも、学生時代を振り返り次のように話す。

「イェールでの4年間は挫折の連続でした。こんなすごいやつらが世界にいるのかという……。学問も文系理系の二刀流で、芸術にも才能があったり、5、6カ国語を話せたり。なんでこんなところに来ちゃったんだろうと思いました」

 しかし「天才」のように見える彼らとて、労せずしてそこにいるわけではない。実は、日本の受験エリート以上の受験競争を勝ち抜いてきた猛者でもあるのだ。

■日本より長期戦になる“受験競争”

 鈴木洋子さん(仮名)は高校卒業後、アメリカの名門大学に進学し、そこで知り合った男性と結婚。現在ニューヨークの広告代理店に勤める。アメリカの大学進学事情を教えてくれた。

「受験競争なんて日本だけのものだと思っている人がいたら、大間違いです。アメリカの名門大学に来るような学生は、小学校受験から熾烈な競争を勝ち抜いてきた人たちで、夫も夫の友人もそういう人たちばかり。私は父の転勤について行き、たまたま合格してしまっただけですが、幼稚園のころからハーバードやイェールを目指して勉強してきたアメリカ人からすると『そんなのあり得ない』と。いい学校に入れればそれでおしまいではなく、常にオールAに近い成績でないとトップレベルの大学に進めないから、子供も親も気が抜けません。日本の受験に比べてずっと長期戦です。SAT(アメリカの大学を受験するときに求められる学力評価テスト)対策の塾もたくさんありますし、有名大学の学生を家庭教師として雇っている場合も多いようです」

 アメリカのトップ大学に行くということは、そういう人たちとともに学ぶということなのだ。『ハーバード大学は「音楽」で人を育てる』の著書があり、海外の大学教育事情に詳しいジャーナリストの菅野恵理子さんは、次のように言う。

「様々な国籍や考え方の学生の中で、個人として自分の意見を明確に表現すること、相手を尊重したうえで議論や交流をすること、本質的な問いかけをすること、などが重視されます。普段から幅広く物事に関心を持ち、芸術やスポーツで心身を柔軟にしておくのも良いでしょう」

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(3)へつづく

「特別読物 志願者急増! めざせ『米英名門大学』奮闘記――おおたとしまさ(育児・教育ジャーナリスト)」より

おおたとしまさ
1973年東京生まれ。麻布中高卒、東京外国語大中退、上智大卒。リクルートから独立後、教育誌等のデスクや監修を歴任。中高教員免許、私立小での教員経験もある。『ルポ塾歴社会』など著書多数。

週刊新潮 2016年5月5・12日ゴールデンウイーク特大号掲載

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