世界一貧しい大統領 国民からの評判は「彼は派手なパフォーマンスが好きなだけ」

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『清貧の思想』に『一杯のかけそば』然り。わが国では時折、カネに固執せず心豊かに暮らすべし、といった教えを説く書物が話題となる。このところ、メディアがこぞって持ち上げるウルグアイのムヒカ前大統領(80)のスピーチ本は、その手の最新ベストセラーと言えよう。だが、日本で聖人君子の如く祭り上げられるのとは裏腹に、彼の本国での評価は散々なのだ。

 2010年から15年まで大統領を務めたムヒカ氏は、ノーネクタイのラフな格好で公務をこなし、自ら87年式ワーゲン・ビートルを運転する庶民派として知られる。当時、100万円ほどだった月給の9割を寄付して、農園暮らしを続けたことも美談となった。

 一昨年3月に発売された『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(汐文社)は、そんな彼が2012年の国連会議で行ったスピーチが元ネタだ。その概要は、

〈貧乏とは、少ししか持っていないことではなく、欲深くていくらあっても満足しないこと〉〈人類が幸福であってこそ、よりよい生活ができる〉

 これが、節約や勤勉を好む日本人に大当たり。同書は現在までに23万部超えという、絵本としては異例の売れ行きを見せている。

 今月1日には朝日新聞が大々的にインタビュー記事を掲載し、5日にムヒカ氏が来日すると、フジテレビがゴールデンタイムに2時間の“緊急特番”を組むフィーバーぶりである。

 だが、ウルグアイ在住の20代男性は、

「ムヒカのスピーチが日本でブームになるなんて冗談かと思いましたよ。彼は派手なパフォーマンスが好きなだけ。こちらではスペイン語で“payaso”、つまり、道化師と呼ばれています。それどころか、路上に“ムヒカは人殺し!”という落書きまであるほどです」

 穏やかでない表現だが、その意味を知るには、彼の半生を振り返る必要がある。

■バラ撒き政策

 モンテビデオの貧困家庭に育ったムヒカ氏は、60年代に南米最強と謳われたゲリラ組織“トゥパマロス”に加入する。逮捕歴は4度を数え、最後に投獄された72年には、彼の銃弾で2人の警官が負傷し、自身も6発の銃弾を受けて生死の境を彷徨(さまよ)ったという。

 その後、13年に及ぶ獄中生活を経て、政界進出を果たしたのだから、赤ら顔の好々爺といったイメージとは正反対のラディカルな政治家なのは間違いない。

 ボディーガードをつけずに外出することでも知られるが、別の関連本では、

〈必要なときは銃を持って出かけるよ。襲われたとしても、何人かは必ず道連れにできるだろう〉

 と事も無げに語っている。

 ただ、彼の国において、銃を所持しないと買い物もままならないのは事実だ。

 現地に住む40代の日本人女性によれば、

「スーパーに押し入った強盗と、警官隊の銃撃戦は日常茶飯事です。登録制とはいえ、国民の3人に1人が銃を持っていますし、未成年者による犯罪も多く、少年院は収容人数を大幅にオーバーしている」

 実際、ムヒカ政権下の2014年には、強盗の発生率が前年比で11%も増加した。同じく40代の日本人男性が懸念するのは、

「大統領時代のムヒカが大麻合法化に踏み切ったことです。マフィアの資金源を断つことが目的とはいえ、明らかに街の雰囲気が変わりました。友人のウルグアイ人と道端で話している時に、“ちょっと火を貸してくれ”と言われてマッチを差し出すと、いきなり大麻を吸い始めるんですから」

 また、失業率や貧困率の減少を彼の功績とする声がある一方で、

「彼を熱狂的に支持しているのは貧困層なんです。低所得者向けに一戸建てを無償で支給する政策を実施しましたが、野党は“支援者向けのバラ撒きだ”と批判しています。国営石油会社も経営破綻寸前に追い込まれ、9億ドルもの公的資金の投入が議論されているのです」(先の女性)

 結局、祖国にとってムヒカ氏の功績とは、

「ウルグアイの名を広めたこと。それ以外には思いつきません」(同)

 遠く日本での熱狂を、地球の裏側に住む人々は冷ややかな目で見つめている。

「ワイド特集 浮世にも活断層」より

週刊新潮 2016年4月28日号掲載

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