追悼・プリンスの天才伝説① 19歳で23種類の楽器を操っていた

エンタメ2016年4月22日掲載

■プリンスのどこが凄いのか

 57歳の若さでこの世を去ってしまったプリンス。彼ほど「天才」という言葉とセットで語られたアーティストも少ないだろう。

 もっとも、ファンではない人にとっては、なぜ「天才」なのかが見えにくいかもしれない。

 ミュージシャン、音楽プロデューサーで音楽関連の著書も多い西寺郷太氏は、昨年刊行した『プリンス論』(新潮新書)で、次のように綴っている(以下、引用はすべて『プリンス論』より)

「よく聞かれることがある。

『お前がそれほどまでに騒ぐプリンスというアーティストのどこがそれほど凄いのだ?』と。

 そんな質問をこれまで何度も受けてきた。

遺作となった『HITnRUN Phase Two』

 たいてい『プリンスは、ドラム、ベース、キーボード、ギターなど、ポップ・ミュージックの主要楽器のすべてをそれぞれ世界超一流のレベルで弾ける人なんだ』と短く答えることにしている。

『そりや、凄いな!』と相手が食いついてきたら、『もちろん歌も作詞作曲、アレンジも世界一だし、曲はすべて彼にしか生み出せない、それまでの既成概念を壊した独創的なもの。自分で歌っても、他のアーティストに提供した曲やカヴァーされた曲でも、無数のヒットを飛ばしているよ』と続ける」

 すべての楽器を世界超一流のレベルで弾ける、というのは彼がデビュー時からアピールしていた点である。

「19歳10ヶ月でリリースされた記念すべきプリンスのファースト・アルバム《フォー・ユー》には、彼の魅力が詰まっている。ライナーノーツには、あらゆる楽器を支配する若き天才の『凄み』を伝えるためか、あるいはアルバム全曲が彼ひとりの演奏であることを強調するためか、曲ごとにプレイした23種類の楽器すべてが細かく列挙されている。

 リードとバッキングを含めたヴォーカルは言うまでもなく、前述したギターやベース、ドラムから、シンセ・ドラム、ボンゴ、コンガ、ウッドブロックといった細やかなパーカッション類まで記されているのは、これ以降のアルバムには見られない特徴だ。

 2010年代も中盤に差し掛かった現在ではレコーディング機材も飛躍的に発達し、廉価となり、PCなどデスクトップ上でゴージャスな音楽をひとりきりで完成させることが珍しくなくなっている。

 しかし、プリンスが《フォー・ユー》を発表した1978年当時、これはまだ特異な取り組みだった」

 10代の新人にもかかわらず、5ヵ月間という長期間にわたり、ひとりでスタジオにこもって作ったこの作品は、商業的には成功しなかった(そのため、プリンスは借金まで背負うことになってしまう)。

 その天才性を世界が知るのは、もう少しだけあとのことになる。

デイリー新潮編集部