「トランプ」VS「山梨の不動産王」 カジノで繰り広げられた死闘の行方

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 3月15日の「ミニ・スーパーチューズデー」も大きく勝ち越し、なおも勢いづく不動産王ドナルド・トランプ氏(69)。米大統領選の「共和党候補」獲得が現実味を帯びつつある中、お馴染みの暴言も健在だ。が、しばしば槍玉に挙げる日本人とは、かつてこんな“縁”があったのだ。

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不動産王ドナルド・トランプ氏

 荒くれ者の躍進に頭を抱えているのは米政府だけではない。仮にトランプ大統領誕生となれば、

〈日米安保条約は不公平〉

〈大金をむしり取っている日本には貿易で制裁する〉

 といった“主張”に鑑み、日本にもたらされるであろう重圧は計り知れない。が、それ以前に深刻なのは、

「トランプ氏と日本の政財官界との間には“まともなパイプ”が存在しないという、厳然たる事実です。バブル期に取引があった民間業者を除けば、唯一にして最大の“接点”といえるのは、かつてカジノで勝負した『山梨のバブル紳士』くらいでしょうか」(外務省関係者)

 というのだ。

■二人の不動産王

 遡ること26年、すでに不動産王として名を馳せていたトランプ氏は、1人の日本人を相手に、今回のつばぜり合いとは大いに趣を異にする勝負に打って出ていた。バブル真っ只中の1990年2月、東京ドームで催されたマイク・タイソン対ジェームス・ダグラスのタイトル戦を観戦するため来日した彼は、滞在中にある男性と対面する。

「山梨県の不動産業兼貸金業『柏木商事』の柏木昭男社長です。彼は本業の傍ら、バカラ賭博のハイローラー(高額な掛け金を注ぎ込む客)として、世界のカジノで広く知られる存在でした。直前に社長が豪州のカジノで29億円を荒稼ぎしたと耳にし、トランプ氏は自身の経営するカジノに誘ったのです」(関係者)

 その経緯は、ニュージャージー州アトランティックシティのカジノ「トランプ・プラザ」の最高執行責任者だったジョン・オドンネル氏が著した『経営者失格─トランプ帝国はなぜ崩壊したのか』(飛鳥新社)に詳しい。

〈トランプ・プラザでは一九八八年この方、日本の不動産王で億万長者の柏木昭男にきてもらおうとあの手この手を使っていた。彼は世界でも最大級のハイローラーだが、プラザにとって事が好都合に運び出したのは一九八九年の一二月になってからのことだった。(中略)柏木はラスベガスを訪れてバカラで一回二〇万ドルずつ賭け続け、六〇〇万ドルすっていた〉

 バカラとは、バンカー(胴元)とプレーヤー(客)とに分かれ、互いに2〜3枚の札を取り、合計した数字の一の位が9に近い方が勝ちとなる、いわば「西洋式オイチョカブ」のようなゲームである。カジノでは、他のゲームに比べて大金が動くとされている。

〈トランプ・プラザの極東代表のアーニー・チュンの話によると、有名なドナルド・トランプを相手に賭けをしたいものだと語ったという。アーニーは興奮して私に電話をしてきた。「柏木はもうこっちのもんだ。すっかりうちで賭ける気になってるぜ」〉

 かくして二人の「不動産王」は初顔合わせと相成り、勝負の日を迎える。

■弱気なトランプ

〈二月の第二週のある朝早く、柏木昭男が(中略)リムジンから降り立った。最上階にある特等室、「会長スイート」に案内する。(中略)柏木の要求に応じるのは楽だった。昼食にはツナサンドとお茶、賭けの合間には顔と手を拭く熱いおしぼりとレモンを求めたくらいだ〉

 予定では4日間滞在となっており、初日の夕方には、

〈柏木は背広のズボンにスポーツシャツという軽装で現れた。バカラの賭場に案内され、テーブルに座るや、五〇〇〇ドル・チップを積み上げたトレーが彼の前に運ばれる。賭けがはじまった〉

 1回の勝負毎に20万ドルもの大金が動き、現場からトランプ氏に逐一報告が入る。閉店の2時間前、午前2時の時点ではカジノ側が200万ドル勝っていた。が、その後23回連続で勝つなどした柏木社長が400万ドルプラスとなった時点で、初日は終わった。

 翌朝、著者が経緯を報告したところ、ボスはもっぱら弱気一辺倒だった。

〈トランプの声は明らかに不安そうだった。「どうしてこういうことになっちまったんだ?」(中略)「まだ奴と勝負を続ける気か? 追い返した方がいいんじゃないか?」「このうえまた四〇〇万ドルも勝たれたら、いったいどうするつもりなんだ?」〉

 が、お忍びの勝負を地元紙に勘付かれ、秘密主義の柏木社長は態度を硬化させる。2日目はさらに200万ドルを上乗せし、合計600万ドル(注・約9億円)の勝利を手に、早々にホテルを引き払ってしまったのだ。この時トランプ氏は、

〈「奴め、賭けをやめたそうだ。くそっ、どういうことだ。六〇〇万ドル勝ったまま逃げる気だ」〉

 そう毒づきつつ、すでに再訪の約束まで取り付けていた。ちなみにこの時の損失は、カジノ始まって以来の額だったという。

■1週間にわたった“リベンジ”の結果は……

 そして3カ月後、「リベンジ」の機会が到来した。トランプ氏もまた自叙伝『敗者復活』(日経BP社)のなかで、柏木社長を迎えた時の思いを吐露している。

〈バカラはギャンブラーに人気のあるゲームだ。なぜなら、カジノ側にとられる分が少ないからだ。その時になって、私は初めて自分がギャンブラーになっていることに気がついた〉

〈過去に、人からギャンブルをするかどうか聞かれた時には「いいえ、私は慎重派ですから」と、いつも答えていた。なぜなら、ある程度以上の論理と理由付けが私の意思決定に必要だったからだ。しかし、これは理屈や論理が通用するものではない。この時、私はただ傍観者として座りながら、世界最高のギャンブラー(注・柏木社長)が私に対し一回二五万ドルずつ、一時間当たり七〇回もプレイするのを見ているだけだった〉

 辣腕で鳴らす不動産王の心を、短時間でかくも乱してしまったわけである。

 1週間にわたった2度目の勝負は、苛烈を極めた。最終日に柏木社長は猛攻を見せ、925万ドルのプラス。たまらずトランプ氏は、

〈私はテーブルの責任者に電話をした。「おい、この男は俺を殺そうとしているぞ。彼に言ってくれ。俺は一〇〇〇万ドルになったら勝負を降りると」〉

 白熱するテーブルを見やり、しばしあって再び電話すると、今度は「五分五分まで盛り返し」たという。

〈次の一〇時間、私たちは勝ち続けた。信じられないことだが、柏木氏は一〇〇〇万ドル(注・約15億円)の負けになっていたのだ。約束を思い出し、私はゲームを終了するように言った。十分だった。柏木氏は、特に嬉しそうでもなかったが同意した。(中略)数日後、「ウォールストリート・ジャーナル」の一面に、世界で最も派手なギャンブラーとして彼の記事が掲載された〉

 以上が「世紀の15億円勝負」の顛末である。

「特集 『アメリカ大統領選』余聞 『トランプ』に博打で15億円負けた『山梨の黒いバブル紳士』」より

週刊新潮 2016年3月17日号掲載

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