中国がアメリカにとって代わる日は来ない 「習近平を最もよく知る外交官」が分析

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 中国がアメリカを超える日は来るのか。この問題については多くの識者が議論をしてきており、その見方は「世界一の大国となる」から「もうすぐ崩壊する」まで様々だ。2006年から2010年まで駐中国大使を務めた宮本雄二氏は、新著『習近平の中国』の中で、次のように分析している。(以下は同書より抜粋)

■既存秩序の最大の受益者

 中国が現在の国際秩序の破壊者となることは自殺行為である。

 私の観察では、中国が経済リベラリズムに依拠する既存の国際経済秩序を否定したり、破壊したりすることは考えられない。中国は、この既存の仕組みから最大の利益を得たから今日の発展があるのだし、今後も必要としている。経済規模の増大に伴い、それにふさわしい発言権を求めて部分的修正を求めてくることはあるだろう。しかし、全否定はありえない。

 もっと細かく見てみよう。戦後世界は、経済リベラリズムに基づく国際経済秩序を作りあげた。それは、戦前の保護主義あるいは経済圏の囲い込みが第二次世界大戦をもたらした主要な原因であるという判断に基づく。アメリカが主導して作り上げたブレトンウッズ体制と呼ばれるものが、それに当たる。

 この体制は、当然のことながら、最強の経済大国であるアメリカの利益に沿うようにつくられている。そういう風につくられていると言っても、一度ルールができるとアメリカでさえ勝手に変えることはできない。これが戦前とは違う。

 この自由貿易に代表される経済リベラリズムの行き着く先が経済のグローバル化であり、その結果としての経済の相互依存の深まりなのだ。そのグローバル経済から最大の利益を享受したのが、実は中国である。

 自分が最も利益を受けてきた仕組みを壊そうとする者はいない。ましてやその仕組みをこれからも必要としているのであれば、なおさらそうだ。

 だからと言って中国が何の主張もしないということではない。中国経済が大きくなり、世界経済におけるウエイトが高まった帰結として、既存のメカニズムの修正を求めることは自然な成り行きだ。

 世銀・IMFあるいはアジア開発銀行における発言権の増大を求めているのも、その一環である。それに先進諸国が応じないのでアジアインフラ投資銀行、シルクロード基金などというものを言い出している。これは既存のメカニズムの修正ないし補足であって、破壊ではない。

■アメリカにとって代わる日は来ない

 次に戦後世界の政治秩序を見てみよう。ここでもアメリカが主役を演じ、彼らの奉じるリベラルデモクラシー(自由民主主義)が政治理念の基本的な柱となった。

 アメリカは、二つの対外姿勢の伝統を持っている。一つは、外からの干渉を嫌い外への関与を嫌う一国主義の伝統であり、もう一つがアメリカという国の使命として、アメリカが体現する理念を世界に広げなければならないとする国際主義の伝統である。

 第一次世界大戦が終わると、ウイルソン米国大統領の提唱により国際連盟が創設された。だがアメリカ議会は、一国主義に反するというので、参加を拒否した。

 第二次大戦が始まって間もなく、ルーズベルト米国大統領は、いち早く戦後の世界秩序を構想し国際連合の創設を考えている。このように国際連合は、アメリカのリベラルデモクラシーの国家理念を色濃く反映する組織となっている。それは欧州の啓蒙主義の行き着いた先であり、人類の普遍的価値を代表するものでもある。その理念が具体化されたものが、国際連合憲章なのだ。

 もちろん、戦後間もなく米ソ冷戦が始まり、国連が機能停止に陥る場面が続出した。国際政治の現場では、ジオポリティックス(地政学)もパワーポリティックス(強権政治)も健在であった。しかし冷戦構造が崩壊し、アメリカの主導的な力が強まるとともに、リベラルデモクラシーはさらに力を得た。この基本的な流れは大多数の国際社会のメンバーの賛同を得ている。

 アメリカの相対的な地位の低下と中国の台頭が、この価値観や理念に修正を迫ることになるとは思えない。われわれが正確に理解すべきは、アメリカが代表してきたものは現時点における人類の“普遍的価値”であることである。

“普遍的価値”と言うと自由、平等、人権、民主となるが、それらは国連憲章にも書き込まれている。しかしこれらに限ることなく、それ以外の“普遍的価値”があってもいいし、同じ言葉を使っても解釈が国や社会によって違うことも十分ありうる。それらを議論し、理解を深め、できるだけ共通の理念に従って国際社会を組織し、運営できるようにすることは良いことだ。つまり中国は、今後、国際社会の賛同を得て“普遍的価値”の部分的な修正なり補完なりをすることはできるが、正面から挑戦し否定できるものではないのだ。

 こう見てくると中国の台頭の本質は、中国が力をつけ、その力に見合った地位を要求しているということにあり、限りなく地政学的なものであることが分かる。そして中国の台頭は、確実にアメリカの地位に対する挑戦となり、米中の地政学的な対立となる。

 アメリカの相対的な地位の低下と中国の台頭が、実質、アメリカの国力と理念に支えられてきた戦後国際秩序にどのような影響を及ぼすかは、世界の将来にとり大きな問題である。米中が安定した協力関係を維持し、この移行期を乗り切り、世界を次の平和と安定の時代に持って行くことができるかどうか、米中両国の責任は大きい。

 だが中国が本当にアメリカの地位に挑戦し、アメリカに取って代わる日が来ることを予想するのは私には難しい。中国の経済成長は徐々に緩やかとなり、高齢化社会もすでに到来している。中国が直面する国内の問題は、依然として巨大であり、深刻であり続けている。中国は世界を混乱に陥れることはできても、現行の秩序を破壊し、新たな秩序をつくる力はない。そして将来も、戦後のアメリカがやったように一国でそれをやれる日は来ないであろう。

 冷静に見れば、中国自身がまだ整合性のとれた理念と政策を持つことができないでいる、という判断が最も理にかなっているように思える。

■中国脅威論を理解できない中国人

 中国を長年観察していて、中国はまだ“自分探しの旅”をしているのだなとつくづく思う。

 昨今の中国脅威論の高まりを、中国の人たちは、なぜそうなるのか理解できないでいる。脅威論を煽るのは、中国を悪者にして、自分たちの悪行を隠し、よこしまな利益を得るためだと考えている。中国の“ものの考え方”が、中国脅威論の高まりという結果をもたらす仕掛けになっていることに、彼らの多くは気づいていない。その“考え方”とは、「中国の基本国策は平和と発展であり、世界の平和と発展のために大国としての責任を果たし尽力する。しかし領土や主権、海洋権益と言った中国の生存と発展のために必要不可欠なものについては、一切譲歩はしない」とまとめることができる。

 つまり自分たちの“核心的”な権利や利益を侵犯することは決して許さないという姿勢と、世界の平和と発展のために努力することとは両立すると考えているのだ。なぜなら中国の「権利や利益」を守るのは当然であり、侵犯する相手が悪いのだから、世界の平和と発展を損なっているのは相手だ、という理屈になるからだ。

 だがここに本質的な問題がある。それは、正しいか正しくないかを自分たちで決めているからだ。中国は、世界大国になれば何が正しいかを自分で決めることができると考えているが、それは大間違いだ。アメリカはそうしているではないか、と言いたいのであろうが、そうではない。アメリカでは大統領が決めたことにも議会は反対できるし、国民も監視している。国際輿論もある。ルール違反をしたり、国民が正義だと思っていることと違うことをやったりすることは難しいのだ。対イラク戦争のように無理してやったことでも、いずれは是正する。戦後の国際政治秩序は、ルールに則った行動をすることを求めており、大国が自由に振る舞うことを簡単には許さないのだ。

 中国が軍事大国になるのは当然だと思っていても、中国以外の世界は「はい、そうですか」というわけにはいかない。軍事力は相手を破壊する手段であるし、持っているだけで相手を恫喝できるからだ。

 一昔前、中国から「核兵器を持たない国に対して核は使用しませんので安心してください」などという説明を聞いたことがある。これは、無防備の人にナイフを背中に隠しながら「このナイフは決して使いませんので安心してください。ところでお金を少々貸してくれませんか」と言うようなものだ。兵力に大差があると、相手を脅して目的を達成することはできるのだ。

 中国は、これだけの世界大国となり、巨大な軍事力を持つようになった。その軍事力をどのように使おうとしているのか、国際社会に説明する必要がある。合理的な説明を聞くことができなければ、他の国は中国の意図に猜疑心をいだき、それに対抗する動きをするだろう。

 不必要な、かつ地域と世界を不安定化させる軍拡競争に入る必要はお互いにない。だからそれを避けるためにも、中国の説明は必要なのだ。とりわけ地政学的な対立関係に入ったアメリカとの間では、十分な意思疎通をする必要がある。

 中国がするべき説明は、中国の考える世界像や世界秩序を語るものでなければならない。そういう大きな目標を達成するために、軍事力はどういう役割を果たすのか。このことを世界に通用する言葉とロジックで話す必要がある。それが曖昧のまま軍事力の増強を続ければ、中国は自分の意思を他者に押し付け、自国の利益を拡張し、覇を唱えるためにそれをやっているのだと思われるであろう。

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 ちなみに、宮本氏は2007年、まだ一般には無名だった頃の習氏と3回会食した経験がある。習氏、そして中国のことを知り尽くした外交官の分析だけに一聴の価値はあるのではないだろうか。

デイリー新潮編集部