2500万円の予算も組まれた「キリンのリン君」婚活大作戦〈世界を股に「動物商」最前線(1)〉飯田守

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 いまも昔も、休日の「動物園」や「水族館」は家族連れやカップルで賑わいをみせる。愛らしい仕草や表情で人々を和ませ、時に獰猛な姿で驚かせる野生動物を仕入れてくるのが「動物商」だ。極地から密林のジャングルまで、世界中が舞台の動物ビジネスの現場報告。

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「リン君の婚活大作戦」が始まったのは、2015年3月のことだった。人間世界における独身男性の婚活費用も決してバカにならないが、リン君の場合は人間様より遥かに高額で、何と2500万円の予算が計上された。リン君のプロフィールを、お見合いの「釣書」風に紹介してみよう。

 リン君は05年9月30日に、名古屋市の「東山動物園」で生まれたアミメキリンのオスだ。翌年10月に福岡県の「大牟田市動物園」に転居している。現在10歳で、人間でいうなら30代の男盛り。椎原春一園長によると、リン君は来園当初から花嫁を探してきた。

「日動水(日本動物園水族館協会・JAZA)にいいパートナーはいませんかとアプローチしていたのですが、リン君の親の血統は国内に多い、東京・日野市の多摩動物公園の系統なので、近親交配を考慮する必要がありました。そのため、子キリンが各地で誕生しても血統的に良い相手とは巡り合えなかった。それなら海外からお相手を購入しようと考えたのです」

■ゾウ、キリン、ライオンは動物園の“三種の神器”

 主な作戦は市民への呼びかけだった。お役所言葉で「備品」と扱われるリン君を所有する大牟田市は、同時に複数の動物商に調査と見積もりを依頼した。すると、世界的にも生息数が多いアメリカの動物園から、2500万円での購入が可能だと分かったのである。

 リン君が生まれた11年前、アミメキリンの相場は約350万円だったから、実に7倍以上も跳ね上がったことになる。財政が厳しい市は購入資金を捻出できない。そこで、市民に協力を呼びかけたのである。

 動物園にすれば、高額であってもリン君に「三国一の花嫁」を見つける必要があった。実は13年9月に1頭だけいたアフリカゾウの「はなこ」が死亡し、市民からその後継を求める声が上がっていた。ところが、予算不足や用地の問題で入手を諦めたという苦い経験があったのだ。

 古くからゾウ、キリン、ライオンは動物園の“三種の神器”と呼ばれる人気者だ。が、このままではゾウに続いてキリンまで子どもたちの前から姿を消してしまう。動物園で実物を見られなくなる失望が、市民や関係者の間に広まった。かくして、リン君の婚活は是が非でも実現させなければならない、ビッグプロジェクトと化したのである。

■プリンが“嫁入り”

 職員たちは市内の企業を回って協力を呼びかけ、市民にも役所などに設置した募金箱や指定口座への振り込みをPRした。その甲斐あって、8月にリン君のもとに朗報が届いた。タイミング良く、「埼玉県こども動物自然公園」で飼育されている1歳5カ月の「プリン」が、今年春に嫁いでも良いと伝えてきたのだ。リン君以上に首を長くして花嫁を待ち望んでいた、椎原園長も喜びを隠せない。

「アメリカの話はキャンセルして、プリンをBL(ブリーディングローン=所有権が移行しない繁殖目的の無償貸借)で迎え入れることになりました。“嫁入り”には集まった1800万円の募金の中から、輸送代に150万~200万円を充てます。さらに今後、赤ちゃんが生まれることを想定して、獣舎の拡張や屋根の補修も行いました」

「特別読物 ゴリラ1億! シャチ5億! 世界を股に『動物商』最前線――飯田守」より

飯田守(いいだ・まもる)
昭和29年、徳島県生まれ。東京写真大学(現・東京工芸大学)短期大学部卒業。講談社「月刊現代」「週刊現代」の記者を経てフリー。芸能、プロスポーツ、財界などを中心に取材・執筆を手掛ける。

週刊新潮 2016年1月14日迎春増大号掲載

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