舟と遺体が次々漂着! 「北朝鮮」で何が起こっているのか

韓国・北朝鮮週刊新潮 2015年12月17日号掲載

  • 共有
  • ブックマーク

 名も知らぬ遠き島より、流れ寄る椰子の実一つ――。島崎藤村の詩のように抒情を感じさせてくれる「漂着物」ならいざ知らず、昨今、日本の沿岸には「近き半島」より舟と遺体が流れ着いているのだからゾッとするばかりである。傍(はた)迷惑な国、北朝鮮の実情を追う。

 ***

 厳寒の日本海上にオンボロ船がたゆたう。そして、近代的装備を備えていないその木造船は、漂流の果てに日本の沿岸に辿り着く。無防備に荒海に漕ぎ出す「人民」。彼らは、なぜ死のリスクを背負ってまで危険な海に出ていくのだろうか──。

 最近、北朝鮮のものと見られる船が、遺体とともに日本海沿岸で発見されるケースが頻出し、紙面や画面を賑わしている。海上保安庁によれば、

「船体にハングルが書かれていることなどから、朝鮮半島から来たと考えられる船の漂着は、今年に入って12月2日までの間に34件、確認できています。10月27日以降に限ると13隻、遺体は計25体見つかっています」

 というから、毎月3件ペースだったものが、この1カ月強の間に約4倍に増えている様子が窺えるのだ。

 12月2日に漂着船が発見された、青森県佐井村の村役場産業建設課の担当者はこう説明する。

「船内にはハングルが記されたビニールのようなものや、イカ釣りの道具が残されていたと聞いています。同時に、白骨化して頭蓋骨の形まで分かる遺体1体と、肉が付着していた遺体3体が見つかりました。転覆してから数カ月は経っていたのではないでしょうか」

 また、文字通りのオンボロ船だったそうで、

「コールタールという黒い液体で防水措置が施されていたり、エンジンやスクリューが日本の船より半分以下の大きさのものだったりと、物資が極めて乏しい地域で作られた、今の日本ではまず見ることのできない船であることが分かります。日本では、戦後間もない頃に使われていてもおかしくない貧相な船でした」(同)

 11月20日に3隻の漂流船が見つかった石川県輪島市の市役所防災対策課も、

「3隻のうち2隻の船体にはハングルが書かれていて、船内から漁網が出てきたこともあり、北朝鮮の漁船と認識しています」

 やはり北朝鮮の漁船が「無茶」をしたために、日本に漂着していることが窺い知れるのである。

 こうした異様な難破船と遺体の漂着が続出している背景には、当然のことと言うべきか、北朝鮮の苦境が横たわっていた。

「金日成の頃から、北朝鮮にとって食糧難は古くて新しい問題なんです」

 こう解説するのは、「コリア・レポート」編集長の辺真一氏だ。

「戦後、一貫して、北朝鮮の人民の悲願は『白米、肉の入ったスープ、絹の着物と瓦屋根の家』でした。しかし、金正恩の父の正日も、朝鮮労働党の最高原則に『人民の生活向上』を掲げながら、貧困を解決することはできなかった。毎年50万トンから100万トンの米が不足している状況は、『金3代』のもとで全く変わっていません」

 金正恩第一書記も、今年の元日のスピーチで、農業、畜産業、そして水産業の重要性を改めて訴え、食糧難を克服すべく、人民を鼓舞したが、

「農業は化学肥料を買うお金すらなく、畜産もモンゴルなどから豚を輸入するものの、育てるまでに時間が掛かってしまう」(同)

 また、「北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会」副代表の宋允復氏が補足するには、

「北朝鮮の農地は、連作に連作を重ねた結果、9割が農作物が育ちにくい酸性になってしまっていて、大量の肥料支援がないと、回復不能な状態にあると聞いています」

 この他、キノコ採集やスッポン養殖といったあらゆる策に失敗した末、手っ取り早い「食糧源」として、目下、正恩氏はとりわけ水産業に力を入れるよう大号令を掛けているのだという。

「3月から5月にかけて、彼は北朝鮮国内の水産関連施設を視察し、とにかく魚を獲って水揚げを増やせと発破をかけました。これを受け、漁業者にはノルマが課されることになり、北朝鮮のメディアで漁師は『戦士』、海は『戦場』と表現されているほどです」(辺氏)

 実際、例えば朝鮮中央テレビのアナウンサーは、

「12月上旬、『猛烈な雨が降り、波の高さが3メートルという悪条件のなかでも、海に出ている漁船からは“戦場を離れるわけにはいかない。仮に殉職しても、党への忠誠心で暴風をものともせず戦いぬきます”という連絡が後を絶たない』と説明していた。でも現実は、ノルマを達成できなければ処分が下されるので、北朝鮮の漁師は決死の覚悟で荒海に、しかも無理をしてより遠海に出ているんです」(同)

 その結果が、日本の沿岸に打ち上げられるオンボロ船と無残な遺体の数々というわけだ。

■「カンブ」「カブ」「オブ」

 さらに、北朝鮮事情に詳しい山梨学院大学教授の宮塚利雄氏は、

「今の北朝鮮では、『カンブ』と『カブ』と『オブ』が、金が稼げる“3大職業”と言われています」

 とした上で、同国の漁師が、死と背中合わせの危険な漁に駆り立てられる事情をこう説明する。

「カンブは『幹部』で軍や党の幹部。カブは『寡婦』で“愛人”を意味します。そしてオブは『漁夫』で、獲った魚介類の半分はお上に納めますが、残り半分は軍と結託して“闇”で売り捌くことができるので儲けるチャンスがある。しかし、一獲千金を狙って漁に出たはいいものの、船の装備が粗末なので、遠海に出て転覆してしまうんです。最近、目に付く日本沿岸の漂着船は、北朝鮮の食糧難とともに、軍と漁師の癒着関係も表していると言えます」

 こうして、「陽に陰に」北朝鮮の人民を危険な海へと向かわせている金正恩第一書記だが、

「彼が『3代目』となってからの約4年で、ナンバー2だった張成沢(元国防副委員長)をはじめ、100人から130人もの幹部が粛清されたと見られています。これは、先軍政治のもとで冷や飯を食わされていた労働党の組織指導部と、軍関係者を粛清することで自らの権力を誇示し、拡大したい正恩氏の思惑が一致した結果です。来年5月、36年ぶりに開かれる労働党大会で自分の権力をアピールすべく、今後、彼は粛清を繰り返していくでしょう。しかし、あまり軍を締め付けると、逆に軍によるクーデターを引き起こす可能性があります」(辺氏)

 人民を無茶な漁に追い込んでいる3代目自身が、実は粛清による権力維持という「危険な航海」の真っ只中にあると言えそうだ。