【「田中角栄」追憶の証言者】大平と角栄が2人でつついたすき焼き鍋に秘密があった――森田一(元代議士)

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 田中政権の功績として、真っ先に挙げられる日中国交正常化。それを支えたのが当時の外相・大平正芳元総理だった。「あーうー宰相」と呼ばれた知性派宰相と、盟友・角栄との交流について、大平の娘婿である森田一元代議士(81)が語る。

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田中角栄

 2人は本当に仲が良くて、「角さん」「大平」と呼び合っていました。大平が8歳年上ですが、初当選は角さんの方が早く、議員としては先輩に当たる。とはいえ、当初からお互いに「こいつは将来、総理大臣になるな」と直感していたそうです。

 ちなみに、日中国交正常化に向けた交渉は、外相だった大平と周恩来がほとんど進めていました。しかし、まもなく交渉は暗礁に乗り上げます。外交団がしょぼくれて戻った時、角さんは「こういう場面になると、大学出のインテリは全然ダメだな」などと言う。ただ、それに続けて、「ここまで来たら譲歩する必要はない。とことんやってダメなら観光旅行に来たと思えばいい。俺が全責任を持つ」。

 結局、角さんの言葉で吹っ切れた大平は、日中どちらも都合良く解釈できる「不正常な状態の終結」という表現を思いついたのです。

 その後も親交は続きましたが、特に印象的なのは築地にあった「栄家」というすき焼き屋を2人で訪れた時のエピソードですね。

 角さんは折に触れて「歴代総理の中で百姓出身は俺と大平だけだ」というほど、大平に親近感を覚えていたんですが、味つけの好みだけは正反対。

 甘党の大平はすき焼き鍋にどんどん砂糖を入れる。一方の角さんは醤油が大好きなので、ドボドボと注ぎ込む。結局、鍋の中は滅茶苦茶な状態になって、味も何も分からなくなってしまった。当然、食べられたものじゃない。それからというもの、2人ですき焼き屋を訪れる時は大平の鍋と、角さんの鍋を別々に用意するようになったのです。お酒にしても、角さんはビールと日本酒をがんがん呷りましたが、大平はビールを一杯飲んだら、あとはお茶だけ。会話も角さんが7割方まくし立てていた。

 それでも2人の親交は終生途切れず、大平は亡くなる直前にも「角さんを呼んでくれ」と言いました。ただ、私が電話したものの、到着前に息絶えてしまった。遺体に取り縋(すが)って号泣する角さんの姿をよく覚えています。スケールが大きい一方で、人一倍デリケートな性格の持ち主でしたね。

「ワイド特集 再び振り返る毀誉褒貶の政治家の魅力的実像 二十三回忌『田中角栄』追憶の証言者」より

週刊新潮 2015年12月17日号掲載