脅された水族館が購入拒否! 「イルカの町」太地町の憂鬱――山田吉彦(東海大学教授)

社会新潮45 2015年9月号掲載

 またしても動物愛護や環境保護に名を借りた横暴が太地町を襲った。世界動物園水族館協会が日本の水族館に、町からのイルカ購入禁止を迫ったのだ。

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■水族館からイルカが消える?

 紀伊半島の熊野灘沿いの道を車で走っていくと、カーブを回るたびに入り江が姿を現す。どの入り江も木が生い茂る岬に囲まれ、木々の緑が縁どった海面に青い空と白い雲を映している。

 名古屋から車を走らすこと5時間。ひときわ大きな入り江を過ぎると、道路沿いに捕鯨船が展示されているのが、目に入る。それが伝統的なクジラ漁の町に入ったことを教えてくれる。

 和歌山県太地町。

 この江戸時代から捕鯨で暮らしてきた町が、今、生活の基盤としてきた伝統的な文化を奪われようとしている。すでにミンククジラなど一般的な沿岸捕鯨は禁じられ、近年はバンドウイルカやスジイルカ、ゴンドウクジラなどの小型鯨類の捕獲を行ってきたものの、それすらも批判の対象となって久しい。そして今年5月、新たな衝撃がこの町を襲った。

 日本動物園水族館協会(JAZA)が、加盟する国内の動物園、水族館に対して、太地町の追い込み漁で捕獲したイルカの購入を禁止したのだ。現在、水族館へ自然界で生きているイルカを供給しているのは太地町だけだから、事実上イルカの購入禁止、「水族館からイルカが消える」と騒がれるゆえんである。

 太地町のイルカの追い込み漁とは、沖を通過するイルカの群れを見つけ、小型船で囲み音を出しながら入り江に追い込んで捕獲する漁法である。太地町の他、デンマークのフェロー諸島でも大々的に行われている。だがいくつかの動物愛護団体、環境保護団体が、野蛮で残酷な行為なので禁止すべきと主張している。

 JAZAが加盟している世界動物園水族館協会(WAZA)も、かねてから動物愛護団体に「イルカの追い込み漁は残虐だ」との指摘を受け、イルカの追い込み漁を問題視してきた。そして今年4月、追い込み漁で捕獲したイルカを博物館が購入しているのは倫理的に問題があるとし、JAZAに「会員資格を停止する」と通告してきたのだ。

 動揺したJAZAは、加盟する動物園、水族館に、追い込み漁のイルカの購入を中止してWAZAに残るか、イルカの購入を続けてWAZAを脱会するかを迫り、二者択一の投票を決めた。

 投票の対象となったのはJAZAに加盟する動物園89園、水族館63館。結果は初めからわかっていた。というのはイルカに関係のない動物園の数が過半数を超えているからだ。

 開票結果は、予想通り加盟者の70%近くがWAZAへの残留を選択した。もともと動物園関係者の中には「動物にショーをさせるのはサーカス」という発想があり、知能の高さを見せるショーをメインとしたイルカの展示方法を快く思っていない者も多かった。また、動物園には稀少動物の交配のために海外の動物園とのつながりを重視する風潮もあった。JAZAの主流は動物園であり、投票となった段階で、イルカの追い込み漁からの購入禁止は決まったも同然だった。

 太地町の漁業協同組合は、正組合員約150名、準組合員約230名で構成される小さな組合である。その中で、イルカの追い込み漁を行ういさな(勇魚・クジラの意)組合に参加している者は、2015年7月現在で21名。和歌山県は、持続可能な捕獲頭数を算出し、この小人数の漁師たちに小型鯨類捕獲の許可を出している。イルカの追い込み漁は、厳格な管理のもと行われているのである。

 この地の追い込み漁で捕獲されるイルカは、食用と水族館への供給用と合わせて年間1200頭ほど。このうち100頭ほどが、水族館への供給用である。

 漁協は生きたまま捕獲したイルカを太地町開発公社などに販売している。食肉用のイルカは1頭5万円程度だが、生体のイルカは100万円以上で取引される。また公社では生簀の中で餌付けをして飼育しやすい状態にして出荷する。こちらは300万円以上の価格になる。公社の会計報告によると、2013年度に販売した生体の小型鯨類の売上げは約2700万円。公社から漁協に支払われた仕入値段は460万円で、この差額が公社の利益だ。

 しかし太地町が水族館にイルカを販売するのは営利目的ではない。その仕組みがそれを物語っている。

 まずイルカを購入したい水族館は、JAZAの会員で開かれる「鯨類会議」において、購入目的、購入したい種(バンドウイルカ、ゴンドウクジラ)などを申請する。申請を受けた鯨類会議は、各館のイルカの既存保有頭数、飼育環境などを考慮して、各種ごとの優先順位を付け、太地町開発公社へ購入希望を伝える。そして公社は、購入希望の状況を漁協に連絡し、捕獲を依頼するのだ。無駄にイルカを捕獲することがないように努めているのである。開発公社の収入は、町の特産品の開発、普及のための資金となる。過疎の町が存続するための原資である。

 一方、食用としては、太地町の漁協が経営するスーパーマーケットなどで、新鮮なイルカの肉が販売されていた。日常生活の中でイルカの肉が消費されているのだ。訪ねてみた店のショーケースに真イルカという表示があった。この真イルカとはスジイルカのことで、刺身で食べると最も美味という。漁協によると、漁獲高が少ないため、太地町内の販売だけで品切れとなってしまうらしい。

 イルカを食べるのは、特殊なことではない。能登半島の真脇遺跡には、イルカの追い込み漁の痕跡が残り、太古からイルカを食料としてきたことがわかる。現在も沖縄県や静岡県では、普通のスーパーマーケットでイルカの肉を販売している。静岡県では既にイルカ漁をしている地域はないので、販売されている商品は太地町産のものがほとんどだ。臭みを取るためか、甘辛いタレに付けたものが売られている。居酒屋などで酒の肴となるが、美味である。

 ミンククジラもバンドウイルカも絶滅危惧種でもなく、ある程度の生体数は確認されている。むしろ、日本の漁業者にとってイルカは、小魚の群れを追いまわす害獣であり、駆除の対象としても考えられているのだ。

■環境保護団体の攻撃

 太地町は、これまでも数々の非難に晒され、イルカ漁阻止の実力行使にも遭ってきた。

 有名なのは『The Cove』という映画で、イルカ捕獲の中止を求める活動家たちの様子がヒーローのように描かれていた。一方、太地町の漁民はイルカを虐殺する残酷な人々として悪役に仕立て上げられ、環境保護論者たちの糾弾の対象となってしまっていた。

 この映画は2009年度第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した。しかしこの映画をドキュメンタリーというのは適切ではないだろう。イルカ愛護一辺倒の偏見により作られ、事実を誤認させるような創作も盛り込まれているからだ。

 例えば、この映画が撮影された段階では、バンドウイルカの追い込み漁は、既に血を流さない処置法に変わっていた。海が真っ赤に血で染まるのは、かなり以前の映像か着色によるものとしか考えられない。またイルカ漁の風景の中には、太地での撮影ではなく伊豆半島で撮影した部分も含まれているようだ。

 さらに映像の撮影段階にも多くの問題があった。地元の方々の証言によると、中指を立てさんざん下品な言葉を吐き、罵り、また強引に立ち入り禁止区域に入っては漁師が怒って制止しようとするところを映像に撮るなど、フェアとは言えない撮影活動の実態が報告されている。不器用な海の男たちは、元来いかつい顔をしている。それが、怒りを抑えていたのでますますこわばった顔になってしまったところを撮り、撮影チームを脅すマフィアのようだったと紹介したのだ。

 そもそも、米国から来た映画製作者は、当初、太地を中心に日本の観光の映画を作りたいと協力を依頼してきた。しかしイルカ漁、クジラ漁のことばかりを聞き、追い込み漁の船に乗りたいと言い出したので不審に思って調べたところ、イルカ漁に反対する映画だということがわかった。撮影が始まった段階から嘘と欺瞞を感じさせる映画なのである。

 筆者自身、実際にこの映画を見て不思議に感じることが多かった。秘密の入り江といわれた海岸は、幹線道路からすぐのところにあり、誰でも見ることができた。またイルカ漁を隠蔽するために立ち入り禁止にしている場所に、あえて侵入する場面があるが、そこには「落石注意」「鳥獣保護区」と立ち入りを制限する適切な理由が書かれている。日本人なら誰でも理解できるが、日本語を解さない外国人は、誤解してしまうことだろう。映画内で、人間の体内に水銀が蓄積する問題を指摘しているが、太地町では町民の検査を行い、確かに水銀の蓄積量が多い町民もいるが、現在まで健康被害を起こした人はいないという。

 米国政府から環境テロリストと名指しされるほどの暴力的な反捕鯨運動などの環境保護活動を行う団体シーシェパードは、2003年から太地町でイルカ漁の反対活動を行っている。初回は、イルカ漁に使う網を切断し、同団体のメンバー2人が器物損壊で逮捕され、23日間の拘束後、罰金50万円と30万円の略式命令を受けた。シーシェパード側は、その報復か、漁業関係者や県の関係者の住所、電話などを同団体のホームページに記載し、抗議の手紙、電話をするようにと呼びかけた。

 2010年にもメンバー3人が捕獲されているイルカを逃がそうと生簀の網を切断、犯行声明の後、国外逃亡している。

 シーシェパードは、いまもイルカ漁が始まる9月になると太地町にやってくる。近年は、シーシェパードが行うイルカ漁妨害活動の見学ツアーが催されているというのだ。環境保護に興味がある人を欧米から連れて来て、彼らの反対活動を見せるのだという。イルカの追い込み漁への妨害活動が、観光商品になっているようだ。その参加者数は、延べ100人を超えるようであり、太地町のイルカ漁師の数よりはるかに多い。

 この観光コースは、まず夜明けとともに出港するイルカ漁船に罵声を浴びせるのを見せるところから始まる。次にイルカの追い込み漁の船が通過するのがよく見える燈明崎という岬の先端に案内する。燈明崎は、江戸時代初期から続く、古式捕鯨の情況を監視し、村にその様子を知らせる烽火台のあった場所で、現在は公園として整備されている。そして漁船がイルカを入り江に誘導するのに合わせて、入り江と港を見下ろせる高台にツアー客を案内し、全貌を見せる。

 シーシェパードは、観光客に見せることを目的にイルカの追い込み漁を妨害しているともいえよう。これも、同団体の資金源のひとつなのだろうか。

■国際的な太地町のイルカ

 太地の漁民は困っている。生活を支えるイルカ漁は妨害され、嫌がらせのように顔写真を撮影され、自宅を覗かれることもあるという。さらに挑発に乗らないと示威活動を行う。ドクロのマークの入った海賊旗を振りかざしながら町中を車で走る。これがシーシェパードの旗だ。彼らが張り上げる大声は、ひと気の少ない町中に響きわたる。まるで反社会勢力である。

 それでも漁師たちは耐え続けてきた。すると今度は、イルカの販売先である水族館に圧力をかけ、太地町のイルカを買えないようにしてしまったのだ。この決定が太地町を嘆かせたのは、先年来、JAZAとやりとりをしてきた経緯があるからである。

 昨年8月、WAZAからの要請として、JAZAは食肉用のイルカと水族館用イルカの捕獲を完全に分離し、水族館用のイルカ漁は血を流さないようにするよう太地町に求めてきた。

 これを受けて町では漁獲方法を検討し、食肉用と水族館用の漁を別々に行い、水族館用の漁では特に慎重に一滴の血も流さずに行うようにした。しかも納入対象外のイルカは海に放している。そうしてWAZAが指摘した追い込み漁の残酷さという問題をクリアしてしまった。

 本来ならそこでWAZAは納得するところだが、イルカ愛護団体はさらにWAZAに圧力をかけて今回の決定となったのだ。

 イルカ愛護団体にとって、イルカ漁の問題がなくなると、団体の存続の意義を失うことになる。当然、資金を供給してくれるスポンサーも離れることになり、死活問題につながるのだろう。シーシェパードの活動を紹介する番組のタイトルは「ホエールウォーズ」という。番組のためには常に戦わなければならない。シーシェパードは、太地町が常に戦場となるように計画しているとも考えられる。

 今回の騒動で、太地町の中にはJAZAが太地町を見捨てたと感じた人も多い。そしてこういう人もいた。

「国内の水族館が買わなくても、中国なら高値でいくらでも買ってくれる」

 実は中国は水族館ブームで、一人っ子政策により、大事にされている子供たちに人気のあるイルカは、ぜひとも飼育したい海洋性動物なのである。

 JAZAに非加盟の水族館や海外の水族館は、太地町開発公社か他のブローカーを通してイルカを購入している。

 2009年期から2013年期に捕獲された小型鯨類の生体販売数は、760頭である。財務省の貿易統計によると、輸出されたものは354頭。半数近くは海外からの注文なのである。このうちもっとも多く購入しているのが中国で、216頭だ。続いてウクライナ36頭、韓国35頭、ロシア15頭の順である。最近はベトナムからの引き合いも多いという。中国、ウクライナ、ロシアなどは、WAZAに加盟していないため、太地町からイルカを購入しても問題がない。今後も購入を続けることになるだろう。

 余談だが、2011年、韓国メディアは、北朝鮮の最高指導者・金正日氏が中国から4頭のイルカを300万ドルで購入したと伝えている。プライベート水族館をつくり、イルカショーを見ているというのだ。中国は生体のイルカを自前では調達できない。だからこのイルカは太地町から運ばれたものである可能性が高い。独裁国家北朝鮮の事例は特殊であるが、これから先も、世界中の国々で水族館が作られることになれば、イルカは必ず需要がある。

■町を学術的研究拠点にする

 太地町には、町営のくじらの博物館がある。クジラ漁の歴史や文化を知るとともに、生きたバンドウイルカやゴンドウクジラなどの7種の小型鯨類が飼育され、その生態を知ることができる。

 イルカはクジラと同種で小型鯨類に分類される。その違いは、成体になった時の体長がおおよそ4メートルを超えるか否かで、超えない小型のものをイルカと呼んでいる。くじらの博物館は、入り江の中に防波堤のような構築物をつくり、強大なプール状になった水面を持っている。その中に白いクジラが2頭泳いでいた。

 2014年11月、追い込み漁によって捕獲した小型鯨類の中に、その2頭の白い「ハナゴンドウ」がいた。ともに体長2メートル50センチ前後のオスで、遺伝子の働きで体が白くなる「白変個体」と考えられ、このうち1頭は、薄いピンク色に肌が染まっている。これは血流が白い肌を通して見えるためらしい。またもう1頭は白一色ではなく、一部に乳牛のような黒いブチが残っている。白いハナゴンドウが博物館で飼育されるのは初めてであり、今後、飼育しながら個体の特性などの研究を進める予定だ。

 これらは追い込み漁でなければ捕獲することができない貴重な小型鯨類であり、海洋生物と人間が共存するうえで重要な材料となるだろう。

 イルカをはじめとした小型鯨類は、海洋環境教育のために重要な役割をはたしている。多くの子供たちは、水族館でイルカに出会い、その高度な知能に海洋生物の神秘を感じ、海洋環境保護の重要性を感じるのである。コミュニケーション能力を持つと言われる鯨類に関する研究は、人間と海洋生態系の共存のためにも不可欠である。また、研究をおろそかにするとチョウコウカワイルカのように絶滅の道を歩くことになりかねない。多くの種類の鯨類の研究が必要なのである。

 今回の事態は、太地町にとって追い込み漁存続の危機である。しかし同町の三軒一高町長は、ピンチだからこそチャンスも訪れると前向きだ。

 世界中でイルカやクジラ漁が禁止され、それらを研究できる場所は限られている。だからこそ、太地町は、さらにクジラとイルカに特化した町に変貌したいというのだ。具体的には、太地町を世界的な鯨類の学術的研究拠点として、繁殖なども行い、世界に小型鯨類を供給することを目指すというのだ。

 太地の町に入る手前にひときわ大きな入り江が広がる。森浦湾だ。この入り江の入り口を網でふさぎ、入り江全体を小型鯨類の放牧場にする構想がある。

 イルカは高度な知能を有すると言われている。イルカの研究は、海洋生態系と人間の共生を進めることにつながるだろう。また、水族館で展示されているイルカは、多くの子供たちに夢を与えるとともに、海への興味を起こし、海洋国日本の海を守る活動にもつながるだろう。

 島国である日本は、海洋環境、海洋生態系の研究に有利な立地条件にある。海洋生態系を保護するためには、しっかりと研究を進める必要がある。それこそが、真の動物愛護につながるだろう。

山田吉彦(やまだ・よしひこ)
1962年千葉県生まれ。学習院大学卒。経済学博士(埼玉大学)。海上保安体制、現代海賊問題などに詳しく、主な著作に『日本の国境』『海賊の掟』『日本は世界4位の海洋大国』など。