大切な相手を懲らしめる? 傷つけられた男性がとった理解不能の行動とは/それ、「人間アレルギー」が原因です(5)

国内 社会

  • ブックマーク

Advertisement

 もっとも大切だったはずの人に対して心理的な拒絶反応が起こってしまう。同様のことは、親子関係だけでなく、夫婦やパートナーとの関係でも、よくみられる。求めるがゆえに、頑ななまでに拒否してしまい、ボタンの掛け違いに気付かないまま、永久に離れ離れになってしまう人たちも、数多くいるに違いない。

 臨床経験27年のベテラン精神科医、岡田尊司さんは、『人間アレルギー なぜ「あの人」を嫌いになるのか』(新潮社刊)の中で、こう書いている。

■苦労をともにした同棲時代

 絵美子さん(仮名)が、司法試験浪人中の琢磨さん(仮名)と出会ったのは、琢磨さんが28歳、絵美子さんが36歳のときのことだった。いつしか惹かれあった2人は、半ば同棲をするようになり、絵美子さんは琢磨さんの浪人生活を支えた。

 それから2年後、琢磨さんは念願の弁護士となる。ずっとその日を願ってきた絵美子さんだったが、8歳年上の自分が彼の足手まといになるのではないかと不安になった。だが、それは杞憂だった。琢磨はプロポーズ、反対する両親を説得し、絵美子さんとゴールインしたのである。

■介護、別居でも変わらぬ愛情

 琢磨さんの仕事ぶりは、誠実で熱心で、依頼人からの信頼は厚かったが、同僚や上司からは、やりすぎだと疎(うと)まれるところがあった。真っ直ぐ過ぎて妥協できない性格のため、弁護士事務所の方針とも、しばしばぶつかることがあった。そんなときも、絵美子さんは夫に寄り添い、世知に疎い夫にアドバイスをして、立ち回り方を指南した。その甲斐あって、何度かの転職の後、ふたりはようやく落ち着いた暮らしを営めるようになった。

 絵美子さんの父親が脳梗塞で倒れたのは、そんな矢先のことだった。幸い一命は取り留めたものの、介護を母親ひとりに任せておけず、絵美子さんは、週のうち半分以上を関西の実家で過ごすことになる。最初は実家と自宅をまめに行き来していたが、父親の状態が安定せず、ほとんど実家で過ごすようになってしまう。それでも、琢磨さんは別段不平も言わず、協力してくれていた。朝晩必ず電話があって言葉を交わしていたので、気持ちが離れているような気配は感じなかった。

■妻のことを考えての決断に反対

 そんな生活が1年以上過ぎた時、琢磨さんから、思いがけない話を電話で切りだされた。「サプライズだよ」と言ったその声はいつになく弾んでいたので、何事かと思っていると、大阪の事務所に移ろうと思うと言い出したのだ。

 苦労してやっとうまくいくようになった仕事を投げ出そうとしている夫のやり方に危うさを感じて、絵美子さんは咄嗟に、「何を言ってるの。弁護士会の登録替えの手続きだけでも大変だって言うじゃないの」と声高に切り返してしまった。

 まさか反対にあうとは思っていなかったのだろう。「わかった。もういい」と言って電話を切ったきり、翌朝も琢磨さんから連絡はなかった。言い方がまずかったと反省して、絵美子さんが電話したが、出ようとしない。メールで、「私のことを考えて言ってくれたのに、あんな言い方しかできなくて、ごめんなさい」と謝ったのだが、それにも返事はなかった。こういうケンカは以前にも何度かあった。だが、1週間もしないうちに仲直りしていたので絵美子さんはそれほど気にも留めなかった。

■徹底拒否

 しかし、1週間たっても、夫からは何の連絡もない。これは今までとは様子が違うと思い、自宅に帰ってみると、夫の荷物はすでになく、置手紙だけが残されていた。離婚したい――そこに書かれていたのは簡潔な一言だった。

 夫の体面を思って、勤務先には一度も顔を出したことがなかった。姉さん女房がのこのこ現われては、夫も厭だろうと思ったのだ。しかし、そんなことも言っていられない。けれども、すんなり会ってくれるとも思えない。一計を案じた絵美子さんは、偽名を使い、依頼人として面談を申し込んだ。知人から紹介されたと夫を指名して、面談のアポを取り付けたのだ。

 その日、案内された事務所の小部屋で待っていると、夫が現れた。1カ月半ぶりに会う琢磨さんは、“依頼人”が妻だと知って後ずさりしかけたが、「きちんと話し合いたいんです」という言葉に、しぶしぶソファーに腰を下ろした。だが、絵美子さんが何を言おうが、琢磨さんは終始硬い表情のままで、「僕の考えは変わらない。きみとこれ以上、結婚生活をする意味がない」と、復縁の願いをはねつけたのだった。

 別れ際には倒れた義父への気遣いを見せ、「きみも元気で」と、優しい言葉をかけてくれた。しかし、その口調にはどことなく空々しい響きがあった。

 その後も、琢磨さんが自宅に戻る気配はなく、絵美子さんが不安になって連絡をしても、なしの礫(つぶて)だった。誰かいい人でもできたのかと探ってみたが、琢磨さんは、事務所近くのワンルームにひとりで住んでいるようだ。ただ、絵美子さんとの関わりを断ちたいということのようだった。

 一体何がいけなかったのか。なぜ、ここまで徹底して嫌われてしまったのか。絵美子さんは途方に暮れてしまったのである。

■愛着ゆえの激しい怒り

 こうした反応は、基本的には、愛着が傷つけられたことによる「両価型」の愛着反応である。相手に依存しているがゆえに、その存在からないがしろにされたと思えるような扱いを受けると、許せなくなってしまう。怒りや拒否で相手を困らせ、自分の傷ついた思いを味わわせようとするのである。傷つけられたという思いが強いほど、怒りや拒否の反応も激しいものとなる。

■愛情不足を解消することが大事

 岡田さんが言う。

「両価型の反応の根底にあるのは、愛情を求める気持ちです。愛情不足を感じると、自分が大切にされていない、自分ばかりがつらい思いをしているという不遇感になり、それが怒りを生むのです。

 だからこそ、両価型の反応に出会ったときは、矛盾点を指摘したり、責めたりせず、優しくいたわることが大切です。拒否したり、ひどく傷つくような言葉を返してくるかもしれませんが、動じずに、びくともしない大きな愛で、相手を包んであげてください。

 琢磨さんと絵美子さんも、絵美子さんが変わらぬ愛を伝え、夫の気持ちをないがしろにしてしまった非を心から詫びたことで、琢磨さんも素直な気持ちに戻れ、関係を修復することができたのです」

デイリー新潮編集部

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。