渦中の「下村博文」文科相に訊いた「新国立」を巡る権力闘争

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 新国立競技場建設を巡って批判に晒され、進退問題も浮上する下村博文・文科相(61)。とりわけ森喜朗元総理からはサンドバッグ状態で打ちのめされてきたが、反撃は控えていた。その渦中の下村大臣が遂に沈黙を破り、全内幕を明かした。権力の中枢で何が起っていたのか。

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ついに重い口を開いた下村大臣。森元総理は相変わらずご立腹の様子で……

「総理、このままでは新国立競技場の建設にかかる総工費は、当初予算の1300億円を大幅に超え、3000億円規模に膨れ上がってしまいます」

 総理官邸の執務室で、私が安倍晋三総理に極秘裡に重大な報告を行ったのは6月中旬のことでした。重苦しい雰囲気の中、さらに私はこう続けました。

「(イラク出身で英国在住の建築家)ザハ(・ハディド)さんのデザインをやめた方が良いと思います。そうすれば、工期も間に合うし、総工費も大幅に縮減できます」

 全てはここから始まりました。その後、紆余曲折を経て、7月17日、安倍総理が、新国立競技場の建設計画の白紙撤回を表明したのはご承知の通りです。極めて重大な政治決断でした。これを受け、9月中には、新たな整備計画を決定する。それに則って、今度はデザイン・設計・施行をパッケージにした国際コンペをやり直すことになります。

 この時の総理への報告は後に詳述するとして、その前に私の責任について、お話しさせてください。現下、この問題をめぐり、新国立競技場の事業主体であるJSC(日本スポーツ振興センター)の監督官庁であり、オリンピック、パラリンピックを所管する文科省のトップである私に対する責任論が浮上していることはよく承知しています。しかし、私は、東京五輪・パラリンピックの開催に向け、引き続き職責を全うすることが最も重要なことだと考えています。

 もっとも、この言葉だけで、責任の所在をうやむやにするつもりは毛頭ありません。私は、新たに「新国立競技場整備計画経緯検証委員会」という、いわゆる第三者委員会を設置しました。そこで、今回の件について何が問題であったのか、厳格に精査していただきます。それによって文科大臣である私の責任はどうであったのか、答えを出していただく。

 むろん、第三者委員会を発足させた、他ならぬ私自身も彼らによるヒアリングの対象になります。全ての資料を提供し、どんな問いにも正直にお答えする所存です。

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 ザハ案の新国立競技場建設計画が白紙撤回された後、文科省の担当者だった久保公人・スポーツ・青少年局長が辞職。事実上の更迭とされ、「トカゲのしっぽ切りだ」などと下村文科相への批判が噴出した。とりわけ、この間、「下村批判」の急先鋒となってきたのが、森喜朗・東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長(78)である。曰く、「新国立競技場で醜態を晒した」「国が費用をいくら出すか、きちっと決めないから、苦労した。やはり文科省の責任は大きい」(いずれも7月21日の五輪・パラリンピック関連イベントの会合での発言)などと口を極めて罵るのだが、これについて、下村大臣はどう反論するか。

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 私は、「あの人が悪い」「この人がいけない」などという話はしたくない。森・組織委員会会長とのやりとりについても明かせません。ただし、事実は事実として、きちんとお話し致します。

 なぜ新国立競技場への対応が後手後手に回ってしまったのか。実は、私が、新国立競技場の建設が困難に直面している事実についてJSCの河野一郎理事長から初めて説明を受けたのは、今年4月のことなのです。河野理事長から、「(竣工がラグビーW杯のみならず、オリンピックにも)間に合いません」「予算が大幅に掛かります。JSCだけでは対応は無理。文科省の力を貸してほしい」と実情を明かされ、愕然としました。開閉式の屋根は五輪後に、維持費捻出を狙って、コンサートなど文化イベントを開くためのものだから、「2020年以降に設置することにして、切り離しましょう」と、彼に話した。また8万席のうちの1万5000席の電動式可動席も非常にコストがかかる。これを仮設にすれば大幅なコストダウンができる。そういう点を変更して、極力、総工費を下げ、工期に間に合わせるようにしようと、指示を出したのです。

■舛添知事への根回しは…

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 資金面では、国は、東京都に500億円を拠出するよう求めているが、舛添要一知事が難色を示し、折衝は不調に終わったままだ。こうした件や開閉式屋根の設置が先送りされたことなどについても、森会長は、事あるごとに、名指しで下村大臣の責任に言及してきた。曰く、「文科大臣の話のもって行き方が悪い」(7月17日のBS朝日の番組収録インタビューより)、「屋根の問題がなんでこんな風にこじれたかといえば、これも下村さんなんですよ。初めて公式に舛添さんに協力の依頼に行ったでしょ(5月18日)。その時に頭を下げときゃいいのに、知事に言われて大見得を切ったんだ。『スタンドは仮設にして、屋根はやめる』と。これは余計なこと。最後に切るカードを先に出しちゃったんで、『屋根がいらない』と独り歩きしてしまった」(7月14日の産経新聞によるインタビューの概要。同月21日付電子版に掲載)。森会長の指摘は正しいのか。

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 繰り返しますが、私はそういう不毛な争いはしたくないので、同じ土俵には上がりません。

 もっとも事実関係でいえば、舛添知事とのやりとりについては、私はだまされたような気持ちです。あの初会合については、森さんの方から文科省に、「舛添さんとスムーズに話が進むようになったから、大臣の方から連絡して、アポを取り、会いに行くように」と連絡があったのです。だから、私は根回しが全部、終わっているものと受け止め、会談に臨んだのです。

 ところが蓋を開けてみると、彼は冒頭から、「500億円の話なんて、できるはずがない。都の拠出金の根拠も分からないし、そもそも予算も大幅に増え、工期も間に合わないのではないか」と非難してきた。やむなく私は、屋根や可動式スタンドの仮設化などの改変を説明したのです。

 ともあれ、4月以降は我々文科省も懸命に動きました。しかるべき方たちと協議を行い、検討に検討を重ねた末、私は、〈ザハ案をそのまま継続した場合のメリット・デメリット〉〈ザハ案以外を新たに採用した場合のメリット・デメリット〉をまとめて比較表を作りました。

 それを私の方から安倍総理に説明にあがったのが、冒頭でお話しした、6月中旬のことです。その際、私の結論としては、「ザハ案以外を採用した方が良いのではないか」「7月中に変更を決断すれば、ラグビーW杯にも間に合います」と提言した次第です。

 安倍総理は、「新国立競技場をセールスポイントの一つとして世界に約束している。異なる競技場を作ったら、IOCから“国際公約違反なのでオリンピックを返上しろ”と言われる恐れはないのか」という点を危惧されていました。これについては誰とは言いませんが、組織委員会から、政府側に「契約違反になる。返上しろと言われたら、誰が責任を取るのか」という非常に強い懸念が伝えられていたのです。

 この点はどうなるのか、正直、正確なところが判然とせず、最後まで気を揉むことになりました。

 しかし結果はご存じの通りです。7月29日のクアラルンプールでのIOC総会で、森会長の報告を受けたバッハ会長らIOC側は、「計画の改善は当然」として、何ら問題としませんでした。

■森元総理への説得

 ところで安倍総理への報告後、総理からは、「ザハ案をやめて、違う案になった時に、本当に五輪やラグビーW杯に間に合うのか、再度検討してほしい」と指示され、詰めの検討を続けていました。その間、総理から、「ザハ案をやめる場合、組織委員会会長の森さんの了解を得る必要がある。森さんがOKなら変更するので、説得してほしい」旨も要請されたのです。

 これは大きな難関でした。その指示を受け、私が「ザハ案による建設計画の白紙撤回」を森会長に説明に赴いたのが、6月下旬です。むろん、直接お会いして、誠心誠意、説明させていただきました。しかし、結局、首を縦に振ってもらえず、協議は物別れに終わったのです。

 その後、7月に入って、再検討していた課題の結論が出ました。その内容は、「ザハ案を変えると、コストを下げられ、オリンピックにも間に合う」が、ただし「ラグビーW杯には間に合わない」というものでした。ラグビーW杯を新国立競技場で行うことにこだわっていた森会長が懸念されていた点ですが、それが現実のものとなったわけではあります。

 これを安倍総理に再度、報告したのは、7月17日の直前のことでした。

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 安倍総理がザハ案の白紙撤回を表明する前日の7月16日夜、東京・赤坂の料亭『津やま』で清和政策研究会(森元総理や安倍総理、下村大臣らの派閥)のメンバーによる会合が行われていた。出席者は、安倍総理や森元総理、細田博之・清和研会長ら7人。

「森元総理が招集したもので、ザハ案の継続を確認するため、地固めを行うのも目的の一つだったとされます。しかし意に反して、安倍総理から計画を白紙撤回したいと打診された。そこでは結論は出ず、翌日に持ち越されることになりました」(官邸担当記者)

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 私は『津やま』の会合に呼ばれていないので、そこで何があったのか、詳細は知りません。ただしこの日の日中、実は安倍総理から、「明日の午後2時~4時の間に官邸に呼ぶので、時間を空けておいてほしい」とのご連絡を受けていました。この時、総理は森さんにも、官邸で協議したいと要請していた。すでに安倍総理の肚(はら)は白紙撤回で決していたのです。

 翌17日、まず午後2時頃から、安倍総理は執務室で森さんと2人きりで面談して、「ラグビーW杯には間に合わないが、受け容れてほしい」と説得を試みた。その30分後、私と遠藤利明・東京オリンピック・パラリンピック担当相、菅義偉・官房長官らが部屋に招集されました。総理からは、「森さんの理解も得られたから、今後は一致結束して事を進めよう」というお話がありました。

 さすがに森さんもこの時には、さばさばしており、「首相が決めたことだ。皆で団結して力を合わせよう。ワン・フォア・オール、オール・フォア・ワン(一人は、皆のために。皆は一人のために)」と、ラグビーのチームプレイ精神を表す言葉で、結束を呼び掛けられました。その後、総理から国民に向け、計画白紙撤回の表明が行われたわけなのです。

 これが新国立競技場の問題をめぐる騒動の全内幕です。今後は、文科省はもちろん、関係部局が共に手を携え、事に臨まなければいけません。当事者間で責任のなすり合いをするのは美しくないし、そんな暇もないはずなのです。

週刊新潮 2015年8月13・20日夏季特大号掲載

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