それでも死刑にならない! 幸せ5人家族を踏み潰した北海道「飲酒暴走のごろつき」

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 梅雨を知らぬ6月の北海道で、寂寞荒涼たる冬景色のような惨劇が起こった。飲酒したごろつきたちが、愛車で暴走して赤信号へ突入。結果、5人家族を乗せた車はおろか、その幸せまでをも踏み潰したのである。それでも死刑にならない悪い奴らの来し方とは――。

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 古典落語『猫の災難』には、酒好きの身勝手な生態が赤裸々に描かれている。

 あれこれと虚言を弄し、兄貴分をだまくらかした男は、酒を独り占めにして、こうつぶやく。

〈なになに、もう一杯だけ? 大切な胃のお願いだ、無下に断るわけにもいかねぇ。仕方ない。俺が飲むんじゃないよ。胃が飲むんだ。あー、うまい! 胃が飲んだら次は俺だ。付き合いってもんがあるからな……。なになに、胃もまだ飲みたい? そりゃそうだ。赤の他人じゃなし……お前も一杯飲め〉

 俺と胃を都合よく別人格にして、酒を“酌み交わす”のである。そりゃ独酌よりうまいに決まっている。

 もっとも、高橋掬太郎が作詞したように、酒とはしんみりとしたものである。

〈酒は涙か溜息か/心の憂さの捨てどころ〉

 そう、酒仙のみならず酒乱であっても、心のわだかまりというものは、酒場に置いていくものだ。これがあろうことか、飲酒暴走で家族5人の人生を台無しにした男たちがいる。ならずものどもの逐一については、おいおい述べるとして、まずは、その悲劇的な事故について振り返っておこう。

 去る6日の午後7時ごろのことである。北海道砂川市で建設業を営む谷越(たにこし)隆司(27)は友人2人を伴って、地元の飲食店街に顔を出していた。愛車である黒の「BMW X5」を空地に停めて、隣の焼き鳥屋の暖簾をくぐったのだ。

「彼らはそこで焼き鳥をつまみながら、ちょうど向かいにあるお目当てのスナックの席が空くのを待っていました。でも客が引かないのを見て、“はしご”することにしたのです」

 と言うのは、全国紙社会部デスクである。そこに合流したのが、同じ遊び仲間の解体工・古味(こみ)竜一(26)ら2人だった。古味もまた燈(だいだい)がかった愛車「シボレーC 1500」を従えていた。

「常連客として、時にお尻を出してふざけたりしたこともあったのですが、この日に限って店は“満員御礼”が続いていました。これにしびれを切らして、彼らはそこから約8キロ離れた滝川市にある馴染みのキャバクラを目指すことになった。5人は、谷越と古味がそれぞれハンドルを握る愛車に分乗。谷越は焼酎の水割りを数杯飲んでいましたし、古味にしてもビール・ジョッキ1杯を空にした後だった」(同)

 目的地までは、信号の少ない直線が29キロ続き、「日本一直線が長い道路」である国道12号線を北上することになる。片側2車線の道路をBMWとシボレーは先を争うように加速し、時速は100キロを超えていた。ちょうどそのころ、12号線を横断しようと近づいていたのが、新聞販売所従業員・永桶(ながおけ)弘一さん(44)が運転する軽ワゴン車である。

「谷越運転のBMWが赤信号を無視して交差点に進入し、永桶さんの車に衝突。BMWは爆発して燃え盛っていました。危険運転致死傷容疑で逮捕された本人は“信号は青だった”と主張していますが、それはあり得ない。防犯カメラや信号機の記録解析の結果、約30秒前から赤信号だったことがわかっています。それのみならず、酒気帯び運転の基準値を超えるアルコールも検出されました」

 と、道警のさる捜査関係者が次のように打ち明ける。

「この事故で、永桶さんと奥さん、長女の3人が死亡し、次女は両足と頭に大けがをして重体。車外に放り出された長男に至っては、BMWの後を走っていた古味のシボレーにひかれたうえ、1・5キロほど引きずられて亡くなったのです」

 古味は現場から一旦離れた後、翌朝に道警砂川署へ出頭し、ひき逃げ容疑で逮捕された。

「彼は“飲酒運転がばれるのが怖くて逃げた”“人をひいた覚えはない”と弁明しています。が、同乗者の言い分は“何か柔らかいものを踏んだと思った”と。そのうえ彼が蛇行や右左折を繰り返したのもわかっている。人を引きずっていることに気づき、これを振り落そうとしたせいではないかと見られています」(同)

 それだけではない。

「古味は事故後、興奮を抑えきれない様子で複数の知人に電話をしている。差し当たって当局は、知人らに事情を聞き、『ひき逃げの認識の有無』を詰めているところです」(先のデスク)

 外堀は埋められつつあるのだ。

■「いつか事故になる」

 谷越と古味が共に育った上砂川はかつて炭鉱地だった。1987年の閉山から30年近くが経とうとする今もなお、映画『幸福の黄色いハンカチ』で描かれたような炭鉱住宅が、町の一角に多く立ち並んでいる。

 2人は小学校からの幼馴染で、地元の道立高校に進学したがいずれも中退している。彼らの知人曰く、

「ひとことで言えば有名なワル。(谷越)隆司は年下に対しては威張ったり因縁をつけることが多いんです。で、(古味)竜一は喧嘩に勝つためには手段を選ばないタイプ。隣町・滝川の不良グループって、パトカーを奪って逃げたりするくらいの連中ですが、彼らでさえ“古味には手を出すな”と言ってる。それに彼は“万引き魔”。雑誌とかを服の下に隠すやり口です」

 別の知人がこれを受ける。

「2人揃ってバイクと車が大好き。中学生のころから公園でいじっては無免許で乗り回していたんです。特に竜一は自動車修理工場に顔が利くせいもあって、車がころころ替わる。何でもその工場は、“廃車にしてくれ”と客が頼んできた車を竜一に貸していたんです。車検が切れてたり整備不十分だったりすることが多いんですが、そんなのお構いなしだった」

 さらに、「いつか事故になるなと思っていた……」として、こう言葉を継ぐ。

「2人は友達とつるみ、隆司の実家の前でよくバーベキューをして酒を飲むのです。実は、事件当日の夕方もそうだった。それで赤ら顔のまま運転して買い出しに行く。“缶ビール片手に運転”なんていうのもあるほど。あと、国道を猛スピードで走り回るのも5年くらい前からかな。ハンドルを握ると人が変わって、信号無視なんて当たり前。そういったことを注意する人もいたんだけど、あいつらは聞く耳をもたなかったね」

 なるほど、飲酒・危険運転が常態化していたわけだ。

 これに加えて、古味の“複雑な家庭環境”に触れるのは、古くからの住民である。

「両親が離婚して、父親の実家があるこっちに移ってきた。竜一はうんと幼く、年の近いお姉ちゃんも一緒だったよ。父親は別れた女房に未練があったので、彼女を説得しに行ったんだけど、無理心中で2人とも亡くなってしまった。竜一が10歳くらいのころのこと。それからは祖母に育てられたんです」

 そして今度は、心中した父親の弟、つまり古味の叔父が実家へ転がり込んできた。悪い冗談のようだが、彼は仕事もせず、酒浸りの日々だった。住民が続ける。

「3年もしないうちに、祖母が亡くなったんだ。叔父はアル中がひどくなって子供たちにも手をあげるような始末。困り切っていたところにお姉ちゃんの結婚話が持ち上がって、その新居に竜一もくっついていった。彼には気の強いところがあるんだけど、それは頼れる人が次々に姿を消していったことの裏返しなんでしょうな」

■「懲役20年」

 ところで、逮捕された2人を待ち受ける量刑はいかほどのものか。板倉宏・日大名誉教授によると、

「危険運転致死傷罪の最高刑は20年となります。5人を死傷させたあまりに悪質な行為として、谷越容疑者に最高刑である『懲役20年』の判決は十分あり得る。他方、古味容疑者に対しては、人をひいて故意に引きずって死なせた可能性が高く、今後は殺人罪が適用され得る。となれば『懲役20~25年』の可能性が出てきます」

 先のデスクがこれを補足する。

「道警は当初、古味に関して殺人容疑で逮捕状を請求しました。が、裁判所から令状がおりず、ひき逃げで逮捕した経緯があるのです」

 それにしても――死刑との間には長くて深い“距離感”があるのは否めないのである。

 この点、飲酒事故の遺族はどう見ているか。

 1999年11月28日、飲酒運転の12トントラックに追突され、3歳の長女と1歳の次女を亡くした井上保孝氏(飲酒・ひき逃げ事犯に厳罰を求める遺族・関係者全国連絡協議会幹事)。

 井上家にとって親子水入らずの箱根旅行が、悪夢に転じた日を振り返って、こう指摘する。

「飲酒運転による事故は、決して過失ではありません。というのも運転手は自分の意思で酒を飲み、その後に運転するという2つの選択をしているのですから。ただ、私たちのケースで運転手に下ったのは業務上過失致死傷罪などで、懲役4年。それからというもの、厳罰化が飲酒運転の抑止に繋がると信じ、活動してきたのです」

 事実、厳罰化は進んだが、今回のように、加害者が自己保身に走った結果、被害者が命を失う場合もあることについて、

「これまでの行動で良かったのか否かと、言いようのない無力感に襲われています。一番辛いのは、私たちと同じような経験をする人が増えることですから。“あちゅい”という長女の言葉や、“わぁーん!”という次女の泣き声が、私や妻の頭から離れることはないのです」

 谷越と古味はこの声をどう聞くか。残りの人生をいくらかの後ろめたさを抱えて生きていくにせよ、それでも死刑にならない――改めてそう言わざるを得ないのである。

週刊新潮 2015年6月25日風待月増大号 掲載

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