破壊力抜群! 明治時代のキラキラネーム「珍男子」「日露英仏」「凸」

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 前回の記事では、本居宣長もキラキラネームに憤慨していたことを紹介したが、時代が江戸から明治に移ってからも、世の中から珍名さんが減ることはなかった。それがよくわかるのが、1959年に出版された『名乗辞典』(荒木良造編)である。

 編者の荒木氏は、明治43年に東京帝国大学国文科を卒業し、大正7年から昭和18年にかけて同志社大学教授兼図書館長を務めた人物。荒木氏は、同時代の人名について名簿などをもとに調査した結果を辞典に収めている。

 キラキラネームについての研究をまとめた、その名も『キラキラネームの大研究』の著者である伊東ひとみさんが、この辞典の中から選んだ明治時代の「キラキラネーム」「DQNネーム」を紹介してみよう。

 まずは辞典の「まえがき」に掲載されている男性名から。

 「術(てだて)」や 「運(はこぶ)」あたりはまだマシなほう。

「囂(しずか)」という名前もある。

「囂の訓読みは『かまびすしい』ですから、『しずか』では字義と読みが正反対です」(伊東さん)

 男性名よりも強烈なのは、女性名である。

「薫狼(かおろ)」「捨鍋(すてなべ)」「真善美(まさみ)」「日露英仏(ひろえ)」等々。

「真善美は、プラトンのイデア論が元ネタで、日露英仏は、この四カ国で同盟を結ぶべきということなのでしょうか……」(同)

 同辞典には、他にも「紅玉子(るびこ)」「元素(はじめ)」「珍男子(うずひこ)」「〆子(しめこ)」「嗚呼老(あおい)」「善男子(さがお)」「凸(たかし)」など、不思議な名前が数多く採録されている。

「凸」なんて、本当にいたのか?と思われるかもしれないが、

「叶凸さんという衆議院議員の方が実際にいらっしゃったのです。1930年に、符号字の名前が禁じられるまでは、『○(まどか)』『×(おさむ)』『丶(しるす)』といった名前まで実際にあったということです」(同)

 もちろん、親なりの願いや想いが込められた名前だったのだろうが、現代の目で見るとその破壊力は抜群である。

デイリー新潮編集部