日本の貧困と格差(前篇) 「年金では生きていけない赤貧の現場」――亀山早苗(ノンフィクション作家)

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介護サービスも受けられず

 千葉県在住の浅田容子さん(56)=仮名=の母、栄子さん(80)=同=も、夫の死後は厳しい生活を強いられた。夫は福岡で会社を経営していたが、17年前に突然死。長男が後を継いだものの、不景気のあおりを受けて倒産した。あとには数千万円の債務が残り、連帯保証人になっていた栄子さんと容子さんは、自己破産するしかなかった。

「その後は母を千葉に呼び寄せ、うちの近くにアパートを借りました。母も清掃の仕事をしていたけど、月に7万円稼ぐのがせいぜい。そのとき、まったく年金にも入っていないことを知りました。家賃が5万ですから、私が面倒を見るしかありません」(容子さん)

 栄子さんは昨年、転倒して骨折。入院中に認知症も発症した。介護認定を受けたところ、要介護1。グループホームにも入れず、自宅で見るしかないという状態になっていた。

「夫は定年になって別の仕事をしていますが、うちも生活はかつかつ。お金がないのは本当にせつない。世の中、金持ちでないとじゅうぶんな介護さえ受けられないんだと、絶望的な気持ちになりました。病院に泣きついてソーシャルワーカーに話を聞いてもらったら、介護度認定見直しによって要介護2になって。さらにケアマネージャーを紹介してくれ、生活保護を申請するよう教えてもらいました。生活保護がおりれば、グループホームの費用もまかなえる。それを知って、ようやくほっとしました」

 今、生活保護受給の報せと、グループホームが見つかるのを待っている。

「自宅で母の面倒を見ていますが、私も仕事があるので、ずっと一緒にはいられない。認知症を発症した母は人格も変わり、怒ってばかりいます。食事を用意して出かけると、『エサを食べさせられている』と文句を言うし。先日も、『いっそ殺してくれ』と言うので、『殺せるものなら殺したいわよ』と言い返して号泣してしまいました」

 容子さんの目から涙がぼろぼろこぼれる。仕事に家事に介護。自分たちの生活だけで手一杯なのに、認知症の母の面倒を見なければならないつらさが伝わってくる。それでも、母をグループホームに入れるあてができただけ、まだマシなのかもしれない。

 千葉県船橋市内の在宅介護支援センターでソーシャルワーカーをしている関山美子さんは、同様のケースが増えていると話す。

「国民年金をもらえたとしても、それだけでは生活保護以下の生活しかできません。そこから消費税や保険料を払わなくてはいけない。結果、介護サービスは、それを受けるべき状態の高齢者が受けられない。貯金を取り崩しながらつましい生活をしている高齢者は本当に多く、生活保護基準以下で暮らしている例も少なくありません。けれども、多くは『御上の世話になるわけにはいかない』『生活保護だけは受けたくない』と頑(かたく)なにおっしゃる。『誰にも迷惑をかけたくない』『貧しいのは自分の責任だ』という言葉を聞くと、とてもせつなくなります。私の立場では、お金がないために病院に行けず、介護サービスも受けられずに命を落とすくらいなら、生活保護を受けたほうがいいとしか言いようがありません」

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