「留学生30万人」計画で日本の治安が悪くなる!――出井康博(ジャーナリスト)

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■「騙されたんです!」

 東京都と埼玉県の境に位置する住宅街――。駅から20分ほど歩くと、空き地や廃屋が目立ってくる。そんな寂しい一角に、30人近いベトナム人が暮らす3階建ての留学生寮がある。近隣の日本語学校が民間アパートを借り上げたもので、築30年は経っているであろう年代物だ。ベトナム北部・ハイフォン出身のオックさんは、2階の一室で2人のルームメイトと一緒に生活している。

 広さ6畳ほどの部屋には粗末な備え付けの二段ベッドが2つ、壁に沿ってL字型に置かれている。バス・トイレ、台所は共同で、机を置くスペースもなく、仕方なく1つだけ空いているベッドスペースに、ティッシュやペットボトルといった日用品が並べられていた。日本人であれば、貧乏学生でも借りそうにない「たこつぼ」の如き部屋だが、オックさんらは1人月3万円、3人で計9万円の家賃を払っている。

 家財道具と呼べるものは、部屋の片隅に置かれた古い小さな炊飯器だけだ。夕刻に訪ねると、コメの炊きあがった匂いが狭い部屋中に充満していた。

 オックさんは14年7月、日本語学校の留学生として来日した。実家は農家で、月収は日本円で2万円程度。にもかかわらず、彼女を日本に留学させるため、父親は田畑を担保に140万円もの借金をした。内訳は日本語学校に支払う初年度の学費が約70万円、半年分の寮費に18万円、留学の斡旋業者に30万円などである。

 斡旋業者からは「日本に留学すれば、アルバイトで月20万円は簡単に稼げる」と聞かされていた。「月20万円」の収入があれば、140万円の借金はすぐに返せる。しばらくすれば、仕送りも望めるだろう。そう考えて、父親は娘を日本へと送り出した。だが、憧れの「トーキョー」での生活は想像とは全く違った。

 アルバイトは日本語学校が紹介してくれるはずだった。しかし、学校が斡旋する仕事は深夜の工場勤務ばかりだ。一晩働いても稼げるのは7000円程度で、「月20万円」を実現するには休みなく働き続けるしかない。しかも紹介料として日本語学校が2万円を徴収するという。理不尽な支払いを拒んでいるうちにも日々の生活費は嵩(かさ)み、所持金は底をつく寸前となった。

 学校の授業は形ばかりでしかない。学生たちは夜勤のアルバイトで疲れ果て、ほとんどが居眠りしている。それを学校側も黙認する。

「トーキョーで仕事ができるから日本に来ました。他のベトナム人(留学生)も同じ。中国人もそうです」

 日本語学校の留学生の全てが出稼ぎ目的だとは言わない。しかし取材すればするほど、留学を隠れ蓑に来日した「偽装留学生」の多さを実感する。

「騙されたんです! 月20万円は稼げると言っていたのに」

 オックさんが突然、ベトナム語で声を荒らげた。そして、ポツリとこう続けた。

「早くベトナムに帰りたい……」

 しかし、彼女が帰国すれば家族は破産に追い込まれる。日本に残るためには、来年分の学費を用意しなければならない。彼女には日本で稼ぐしか道はない――。

 ベトナムでは今、日本への留学ブームが起きている。日本で学ぶベトナム人留学生数は、12年の約9000人が13年には約1万5000人、14年には約2万8000人と毎年ほぼ倍増中だ。その背景にあるのが30万人計画だ。

 同計画は03年に達成された「外国人留学生10万人計画」をバージョンアップさせて、08年に自民党・福田(康夫)政権のもとで作られ、今の安倍政権へと引き継がれた。だが、留学生の数は10年の約18万5000人をピークに翌11年から減少に転じ始めた。かつては留学生全体の7割に上った中国人が、自国の経済発展や日本との関係悪化によって減った影響だ。

 中国人留学生の減少によって、大きな打撃を受けたのが日本語学校である。10年度には約4万4000人に上った日本語学校の留学生数は、12年度には約2万9000人まで落ち込んだ。

 そこで日本語学校は、ベトナムでの留学生リクルートに力を入れ始めた。すると翌年度には3万8000人に回復。増加分の約7割をベトナム人留学生が占めた。14年度の数字は発表されていないが、5万人を突破した可能性もある。30万人計画実現のため、途上国出身者であろうと留学ビザ取得は簡単だ。しかも日本と同様、中国との「領土問題」を抱えるベトナム人には、日本側の「対中国策」もあってかとりわけ甘い。

 ベトナム人が日本に向かい始めたおかげで、留学生全体の数も13年から再び増え始めた。30万人計画の行方は、今や「日本語学校のベトナム人」頼みという状況だ。それにしても、なぜ「ベトナム」なのか。

 ベトナムの賃金水準は東南アジア諸国でも低い方で、海外での出稼ぎを希望する者も多い。就労先として人気が高いのは台湾、韓国、日本だが、「日本に留学すれば、アルバイトで月20万円」と聞けば、希望者が殺到するのも当然だ。

 しかし、現実は異なる。いくら日本が「アベノミクス」のプラス面の効果で人手不足だとはいえ、日本語もできない外国人がいきなり「月20万円」を稼ぐのは難しい。来日した彼らを待ち受けるのは、日本人が嫌がる低賃金・重労働の3K仕事である。

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